2010年10月5日火曜日

先人の知恵、大切にしたい。。。

技術立国としての日本が、世界に向けて様々な製品を生み出してきたのはご存じのとおり。今でも、その底力はあるはずだが、以前の勢いが衰え始めて、やや陰りが見えてきたという指摘もあるのも事実。


そんな中で、科学技術の歴史の中で、国民生活に大きな影響を与えたものを「未来技術遺産」として発表された。


デジカメ試作機、万博携帯…未来技術遺産27件(YOMIURI ONLINE)



発表したのは、国立科学博物館。

今回、第三回目ということだが、デジタルカメラの試作機、携帯電話やビール製造機器などの27件なのだと。


さて、こうした製品、個人的に、どのような背景で生まれてきたのかということに非常に興味を持っている。

たまたま偶然だったものから、思考錯誤の上生まれていたもの等、様々あるだろう。


こうしたイノベーション力、つまり「創造力」について、今我々の社会は、様々な分野のビジネスにおいて、求められているのだと考えている。

モノ作りから、サービス業まで。更には、教育から行政サービスなどなど。


「効率化」「合理化」が叫ばれるが、こうしたものは、そもそも今までの人的労働力を減らし、それに関わるコストを軽減するもの。

確かに、「ムダ」を省くためには必要な考え方だが、では「ムダ」を省いた後に何をするのかということにフォーカスしなければならない。


常にどこかで、この新たな発想、イノベーションは続けていかなければならない。


そういう意味でも、過去に生まれた製品が世に出てきた「ストーリー」というものは、非常に気になるものだ。。


先人への敬意を払いつつ、常に新しいことへチャレンジするマインド。

たまには、博物館にも訪れてみると、新たな発見があるかもしれない。

2010年10月4日月曜日

裸眼で3D映像を楽しむ。。。

今年に入り、相次いで発売された3Dテレビ。

これらのテレビは、すべて専用のメガネを使用して3D映像を見るスタイルであったが、本日、そのメガネを必要としないテレビが発表された。


世界初!専用メガネなしで3D楽しめるテレビ(YOMIURI ONLINE)


記事によると、特殊なシートを通じて視聴し通常の映像でも3D映像に見えるのだとか。

さて、このように技術が進歩しテレビも3Dの時代になったが、果たしてどれだけのコンテンツが3D表現を必要とするものが出てくるのだろう。

3D、つまり3次元であるが、実は先行して普及しているものがある。
それは、「音響技術」。
「立体音響」として3Dサラウンドシステムは、数年前から普及している。

スポーツ、音楽、映画といった分野で、その効果を発揮している。

これに3D映像技術を加えると、非常に臨場感のある体験が更に高まるだろう。


ところで、この3Dサラウンドがどれほどの家庭で普及されているかと見ると、それほど普及している訳でもない。音響にこだわりのある人など一部の人が購入しているのだ。


3D機能の搭載は、非常に素晴らしいが、「3Dでなければならない理由」「3Dを必要とする欲求」というものに、もう少しフォーカスして考えて見ても良いのではないだろうか。

私の個人的な見解であるが、テレビは今までの「映像受像機」という機能ではなく、パソコンなどと融合化した「情報授受機」としてより進化すべきだと思っている。

そうした視点に則った上で「3Dでなければならない理由」というものを考えて見ると、あるべき「3D」の姿が見えてくるような気がする。

2010年10月3日日曜日

「公」のモノは誰のモノ?

突然だが、みなさんは、読書はどれくらいされるだろうか。


私自身は、読書はほとんどがビジネス書になってしまうが、週に何冊か読書するように心がけている。

新たに新刊本を購入したり、中古本の購入、更に図書館で借りたりする。

ところで、最近こんなニュースを目にした。


蔵書の破損 真心を砕く  切り抜き・落書き…公立図書館受難


図書館の書籍が、酷い状況になっているようだ。

確かに、私自身、たまに酷い状況の書籍を目にしたことがある。

切り抜きされたもの、蛍光マーカーで色づけされたもの、コーヒーかお茶の渋がついてしまったものなど、様々。

個人的な感触だが、特に、雑誌や旅行関連など、カジュアルなテーマのものが多いかもしれない。


記事も触れているが、モラルの問題を超えている。

モノが豊かになってしまった現代だからだろうか。。
すべて自分を中心に考える、自己中心的な人が増えてしまったからだろうか。
他の人のことを考える余裕が無くなってしまったからだろうか。


モラルという意味では、「○○モンスター」や「モンスター○○」という言葉が出来るほど、度を超えた「言いがかり」的な苦情というものも、以前に増して増えているようだ。

さて、このような世の中の状況となってくると、今までと同じような「性善説」に則った対処法にも限界が出てくる。

サービスオペレーションを設計する際にも、こうした思想を取り入れなければならない残念な時代に突入してしまったようだ。


ただし、こうした状況を生んでいるのは我々1人1人の問題でもある。
ビジネスではこうした対応を検討しつつも、私達自身でもプライベートな側面で気を付けて日々行動したいものだ。