2009年12月31日木曜日

09年を振り返り。。

今、ここに5円玉がある。
この5円玉、自動販売機では使えず、小銭入れの中にずっといる存在していることが多い。




しかし、一方でこの5円玉、お賽銭で「ご縁がありますように」と、お金という意味よりも、縁起が良いということで用いられることも多い。

そんな5円玉であるが、その表面には上部に稲穂、下部に水、中心に歯車、そして裏面には双葉が描かれている。これは、稲穂が農業、水が水産業、そして歯車が工業、双葉が林業をあらわしてるということだ。

その中の、稲穂に注目してみたい。

過去、年長者の方から、この5円玉の稲穂を指し示しながら、「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」という俳句の説明されたものだ。出来る人間ほど、相手に対して態度が謙虚であることを例えているのだが、非常に日本的な表現で素晴らしい喩えだなと、今になってつくづく思う。

この言葉に関連して、本田技研の創業者は、こんな言葉を残している。

『学問なり技術があるということは立派なことにはちがいないが、
それを人間のために有効に使って初めて、
すぐれた人間だということができるのだと思う。
何よりも大切なのは人を愛する心ではないだろうか』

知識や知恵があっても、それが人のために使われて、初めて生きてくる。。
非常に重みのある言葉だ。

さて、この5円玉のデザインになったのが、実はちょうど60年前の1949年。

2009年も本日で終り。新しいミレニアムの10年代も終了だ。

アーキレッジ株式会社を今年創業したが、いつまでも謙虚さをもって、初心を忘れないように心がけて行きたいと思う。

今年、「ご縁」のありました皆様に感謝の意を込めて。

皆様、良いお年をお迎えください。。

2009年12月30日水曜日

”ヒト”という名の、大きな木。。。

さぁ、2009年もあと1日。エンディングが近づいてきた。

さて、ネットサーフィンをしていて、とある懐かしい曲を発見した。
曲名は、『エバー・グリーン・ラブ』。とある番組でのエンディングに使用されていた。




曲をお聞きになって頂くと、「あっ、あのときの」と思い出された方も多いだろう。

そう、この曲は、以前、日本テレビ系「24時間テレビ 愛は地球を救う」で使用されていたテーマ曲の一つだ。第5回(1982年)から第14回(1991年)までグランドフィナーレで大合唱されていた。作詞は多くの著名な邦楽を手がけてきた山川啓介氏、作曲はあの「ルパン三世」の曲を手がけたジャズピアニストでもある大野雄二氏。歌は東京少年少女合唱隊。

この曲を聞くと、「あぁ、夏休みも終りだな」とつくづく感じていた子供時代を思い出す。

さて、改めてこの曲を聞いてみると、歌詞が素晴らしく感動する歌だ。
美しいハーモニーが、非常に癒される曲である。現在の番組で聴かれないのは、非常に残念だ。

ところで、歌詞の中にこんなフレーズがある。

" みんな一本の 大きな樹(き)
人間(ひと)という名の 大きな樹(き)
生まれたての生命(いのち)が ほら 新しい枝になる " 

この「大きな樹」であるが、「企業」というものも、一つの「樹」で表せるのではないかと考えている。

大地に根を張り、そして大空に向かって枝葉を成長させ、そして果実を実らせる。

果実は、企業にとっての売上や利益といった業績。
その果実は、大地に深く根を張り、立派な幹や葉を茂らすことによって、実ることが出来る。

その大地に張っている根は、お客様からの信頼、安定した業務、優れた人材といった「目に見えない資産」といったところであろう。

大きな幹は、一本の根では支えきれない。複数の根が、きちんと役割を持って支えているのだ。

多くの企業が、売上や業績といった「見える部分」ばかりに囚われて、この「見えない資産」について蔑ろにされていることが多い。
確かに、「果実」である見える部分も大切であるが、その「果実」は、この見えない部分によって支えられ、育まれてきたということを決して忘れてはいけない。。


今年一年振り返って、世間でも様々なことがあったが、年末年始、「会社ってなんだろう」「組織ってなんだろう」、とゆっくり考えてみるのも良いだろう。。

2009年12月29日火曜日

昨日の「凄いっ!」は、明日はどうなる!?

"きのうのすごいを、あしたのふつうに。"

このフレーズは、JR東日本の2011年度採用活動のキャッチフレーズである。


電車の車内広告や駅広告でご覧になった方も多いだろう。写真は、JR東日本駅構内でのポスター広告の写真だ。




JR東日本:採用ページ


ちょっと印象に残ったので、取り上げてみた。

このフレーズ。色々な視点で考えてみることが出来る。

例えば、「顧客満足」とでの視点。

人間というものは、何度も同じことをしていると「慣れ」が生じる。
驚きや感動というものも、何度も経験してしまうと、「慣れ」というものが生じて「当たり前」になってしまう。つまり、お客様にとっての「昨日の驚きや感動」は、「今日の当たり前」になってしまうのだ。

今度は、「技術開発」とでの視点。

技術開発も、日々、他社との競争にさらされている。「昨日の革新」が「今日には誰でも真似できるものに」なっている事も多々ある。家電や携帯端末の競争を見ていると、手にとるようにそれを感じることができる。

つまり、顧客満足にしろ、技術開発にしろ、常に「改善」「イノベーション」が重要だということだ。
ここ最近の日本は、価格競争が激化し、デフレ傾向に入ったと言われているが、一方で、特にイノベーションが重要であることが、もっと議論されるべきではないかと感じたりしている。


「きのうのすごい」を「あしたのふつうに」。

実は、今日は私の誕生日。

昨日まで、努力していたことが、明日は普通になるよう、日々精進するばかりである。

2009年12月28日月曜日

日本初、商店街検定始まる!?

先日、12月26日に日本初の商店街検定「中野ブロードウェイ検定」が実施された。

中野ブロードウェイ検定


ところで、まず、「中野ブロードウェイ」と言う場所をみなさんに紹介しよう。

中野ブロードウェイは、JR総武線・中央線、東京メトロ東西線が交わる中野駅北口から徒歩数分のところにある、複合施設だ。

地下3階地上10階の建物で、商業施設と住宅施設がある複合施設。オープンは1966年、今から約40年も前のことだ。

この商業施設には、マンガやアニメ、フィギュアなどオタク関連商品を扱う店舗が数多く存在。アニメグッズやフィギュアはもちろん、コスプレ衣装、新刊・古本マンガや古着などの「サブカルチャー」を扱う店が多数出店している。腕時計ショップ、ミニカーショップ、ダーツショップ、中古CDショップに西洋アンティークショップなど多趣味な方には、結構楽しめる場所。私も、たまに訪れ楽しんでいる。

一方、住宅施設には「中野ブロードウェイマンション」として、1960年代から1970年代にかけて、青島幸男や沢田研二などの有名人が住んでいたというエピソードもある。

中野ブロードウェイ


こうした、中野ブロードウェイの知識を試すのが、日本初の商店街検定「中野ブロードウェイ検定」だ。


ところで、「検定」には、色々なものがある。私が住んでいる地元にもご当地検定なるものが存在する。全国にも多数あるようだ。

この「検定」とうスタイルであるが、自分の知識の理解度を把握出来る。

ビジネスにおいても、自分自身のスキルを確認するために、こうした検定を用いられることが多い。ただ、殆どが汎用的なもので、現場業務に合致していないものが多いのも事実。

現場オペレーションをしっかりと円滑に回すためにも、単なる「試験」という形ではなく、現場に合った検定制度を導入してみるのも、大切な事であろう。

しかも、自発的にやってみたいと思うような「仕掛け」や「演出」もあると、より効果が生まれるのではないだろうか。

2009年12月27日日曜日

良い指揮官とは・・・

今、毎週日曜日にNHKでスペシャルドラマ『坂の上の雲』が放映されている。

あまり大河ドラマを見ない私であるが、このスペシャルドラマは楽しんで見ている。

このドラマの原作は、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』がベースとなっており、発行部数も2000万部を超えている作品とのことだ。

NHK『坂の上の雲』

今回、NHKはこの小説家をいつもの大河ドラマよりも多額の費用をかけて、今までにないスケールで描かれている。映像化にあたっても、戦争が描かれていることもあり、軍事礼賛等として、なかなか現実化させるのも、難しかったらしい。

番組を見ていると、近代国家として歩みだした明治の若者の青春群像が、今混迷を深めている現代の日本と比べて、非常にエネルギーを与えてもらえている印象を受ける。

ところで、先日、こんなシーンがあった。


清国との戦いにおいて、本木雅弘扮する秋山真之(海軍軍人・日露戦争時連合艦隊参謀)が、自分が出した命令により部下の命を失ったことを振り返り、自分自身が軍人にあっていないのではと悩んでいる。秋山真之が、戦いのあとの祝宴で、上官である渡哲也扮する東郷平八郎に対して、「良い指揮官とは何ぞですか?」という質問に対して答えたセリフ。

「指揮官の決断は一瞬であっても、決断を導くための準備は、十年、いや数十年かかるんでごわす。」、、と。

つまり、リーダーは、一瞬一瞬であるけれども、その決断をするための経験、事前情報の収集、見識を深めたりするためには、10年以上かかるものだと。。。

何故か、私にとって、このシーンが非常に印象に残った。

ビジネスにおいて考えてみても、組織論として同じように考えることができる。

「戦略」「戦術」と言う言葉が、普通に使われているが、元々は軍事用語。

ビジネスにおける決断ロジックも非常に参考になるものが多い。

戦時においては、指揮官が適切な判断を下すためには、現場の情報を、適切なタイミングで、正しく伝えられなければならない。つまり「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」だ。

ビジネスにおいても、経営層が正しい判断をするためには、同じように現場の正しい情報が必要だ。

たかが、ホウレンソウ。されど、ホウレンソウ。

結構、おざなりになっていることを目にする。その殆どが、その運用の本来の目的と効用が、きちんと組織内で共通認識されていないためである。そのために、大きな事故や不祥事を起こしてしまっている企業も、時々目にする。

今一度、客観的に見てみるのも必要だろう。

2009年12月26日土曜日

観光庁長官が交代

観光庁長官の人事異動が発表された。

年末年始の時期に、トップ人事が行われるのは異例と言うことで、事実上の更迭人事として報道されている。

次期長官は、大分フットボールクラブ前社長の溝畑氏とのこと。前原国交相は観光政策の強化のため、公務員からプロサッカーチーム経営に転じた経歴を持つ溝畑氏に期待したとのことだ。

ところで、観光庁のサイトを確認してみると、このような目標が掲げられている。

「観光庁は、観光立国実現のために5つの目標を掲げ、施策の実施を強化します。」
  • 訪日外国人旅行者数:1000万人 
  • 日本人の海外旅行者数:2000万人
  • 観光旅行消費額:30兆円
  • 日本人の国内旅行による1人当りの宿泊数:4泊
  • 我が国における国際会議の開催件数:5割増

とのことだ。

観光庁WEBサイト


このなかで、外国人観光客に注目してみたい。

何度かこのブログでも、外国人観光客のことについて触れたことがあるが、昔に比べて来日はかなり増えている印象だ。

ちなみに、直近の統計で見てみると、昨年のリーマンショックの影響がかなり出ているものの、先月11月の推移では、前年比に対して16ヶ月ぶりに増加に転じており、8月から増加傾向で推移している。

日本政府観光局(JNTO):2009年 11月推計値 9月暫定値 <PDF>(平成21年12月21日発表)


ところで、最近の私が日常生活で利用している大手スーパーに、最近中国人観光客が買い物に来ているのだ。しかも、どうやら観光コースの一つに組み込まれているようだ。

大きく中国語のラッピングがある観光バスがスーパー横に横付けられ、そこから多くの中国人が来ぞくぞくと降りてくる。そして店舗の中へ。

彼らのほとんどが、ダンボールに一杯買い物をしている。中身は、食材やお菓子から日常生活雑貨に至るものまで。レジ後にその場でダンボールに梱包している。このように、日本製品を安く大量に買っているのだ。


さて、今回の観光庁長官の人事異動について、外国人観光客の来訪数が目標に対して伸び悩んだ結果に対しての、事実上の更迭との一部報道もある。

観光庁では、多くの外国人観光客を呼ぶための政策を掲げている。そうした政策を検討する際に、実際には上記のような観光客のニーズをどれだけ取り入れているのだろうか。
どうやら、現場とギャップが発生しているのではないだろうかと思われる。


ビジネスにおいても戦略を掲げることは重要だ。しかし、あまりにも現場とかけ離れたものであったら、絵に描いた餅。現状をきちんと把握し、どのような動きやニーズがあるのか、きっちり情報分析下上で、戦略を練る必要がある。そのためには、現場での動きの情報をきちんと汲み上げる仕組みが必要だ。

2009年12月25日金曜日

「ゼロ年代」の終り

あと数日で、2009年も終りだ。と、同時に2000年代の最初の10年も終わる。
この10年を、「ゼロ年代」と言うらしい。

私にとって、この10年は、IT・インターネット畑での仕事で過ごしてきた。
言い換えると、インターネットを介した情報コミュニケーションのツールとともに歩んできたとも言える。

この10年を振り返り、思い浮かぶキーワードを順不同に並べて見ると、次のようなものが思い浮かぶ。

「iモード」「写メール」「TV付き携帯」「iPhone」「AR機能」
「Suica」「iPod」「NintendoDS/Wii」「地デジ」
「Wiki」「SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)」「Blog」「Twitter」
「Google」「Amazon」「楽天」「2ch」「はてな」「mixi」「Gree」「YouTube」「ニコニコ動画」


ざっと見ても、色々なキーワードが出てくる。
これらは、ほんの10年前は存在していなかった、もしくは一部の人が利用されていたものばかり。

このようなものが、これだけ普及し一般化されると、2000年当初どれくらい想像出来ていたであろうか。

2000年当初は、ようやくインターネットの普及が加速化し、携帯電話は99年のiモードの登場後、徐々に機能進化し始めたころだった。

これらのキーワードを俯瞰してみると、以下のような視点で考えることが出来る。

  • 「授受できる情報のリッチ化(情報量の増大化)」
  • 「情報授受の際の、場所的・時間的制約からの開放」
  • 「誰でも出来る情報発信」
  • 「非対面、匿名性」
  • 「情報と情報を組み合わせた新たな付加価値化」

こんな側面が見えてくるのではなかろうか。

特に目新しい切り口ではないが、これらを俯瞰してみると、技術の発展の割に、情報自身を取り扱う人間そのもののスキル、リテラシー、モラルといったものが、変化に追いついていないように思える。

非対面でのやり取りの増加、情報伝達手法の多様化により、その情報を伝えるスキルも向上させなければならない。

また、非対面や匿名性、場所や時間といった制約からの開放により、便利になっている反面、相手のことをあまり考えなくても、情報の授受が出来るようになってしまった。裏を返せば、当事者のスキルやモラル如何により、情報の真贋、意図しない内容の伝達、誤解といったものから犯罪に到るまで、容易に発生する時代にもなってしまった。


さて、これからの次の10年はどうなるか。

こうした技術面での進化は更に続くと思われるが、一方で、それを取り扱う人自身のコミュニケーションスキルがモノを言う10年が始まるのではと、情報の目利きとして思うのである。

2009年12月24日木曜日

クリスマスは、いつから祝われた!?

今日は、12月24日、クリスマスイブ。

街は、あちらこちらでクリスマス「セール」一色。クリスマスパーティー用のオードブルからクリスマスケーキが、店頭からはみ出して、店員が声高々に販売している。

クリスマスの過ごし方も、皆それぞれ。

私も幼いときは、親に連れられて教会のミサに行ったこともあり、本来のクリスマスの過ごし方で過ごしていたこともある。更に学生の時は、あれやこれやと予定を立ててみたりと。。。まぁ、今となっては、完全な仕事モードで過ごしており、過去の職場では、自身がサンタに扮して業務をすることもあったくらいだ。

ところで、この「クリスマス」というイベント。どれくらいの人が、その本来の由来を理解して過ごしているのだろうかと、ふと考えてみたりする。

日本のクリスマスの習慣は、遡ること460年前、フランシスコ・ザビエルが日本に上陸した年が、日本で最初に祝われたクリスマスだと言われている。つまり戦国時代だ。意外に歴史はあるのだ。

クリスマスについて、詳しく知りたい方は、下記のようなサイトがあるので、ご参考まで。

日本クリスマス博物館


さて、こうしたクリスマスだけでなく、現代の日本では、海外から入ってきたイベントも、1年を通して沢山ある。バレンタインデー、母の日・父の日、イースターにハロウィーン等々。それらには、それぞれ本来の意味がある。もちろん、日本古来からあるイベントも、本来の意味が存在している。

その殆どが、宗教的な神への感謝、特定の人への感謝といったものから、農作物の豊作や日頃の健康への感謝といったものなどがある。


今となっては、商業主義的に利用される「催事」ではあるが、イベント本来の意味や背景を知ってみるのも、色んな視点で物事を見ることが出来、ビジネスのヒントになることも発見出来るかもしれない。

2009年12月23日水曜日

情報の真贋を目利きする

まずは、下の映像をご覧いただく前に。。。

アメリカで、インターネット上でクチコミで広がっている都市伝説がある。

場所は、テキサス州サンアントニオ。ここにに「呪われた踏切」として言われている踏切がある。サンファンミッションという踏切だ。

この踏切は、夜になると子供の声が聞こえ、なだらかに線路に向かって上り坂になっているところを、エンジンを切った車が勝手に進みだし、踏切まで行ってしまうのだという。更に後ろのバンパーには子供の指紋らしきものが付いているのだとか。

そもそも、ここの踏切付近の通りの名称が、過去に列車事故で亡くなった子供の名前が付けられたのだとか。

・・・とまぁ、このような噂があるのだとか。

これを伝えている動画がこれだ。




さて、これについてCSテレビ局のディスカバリーチャンネルで先日検証番組を流していた。

車は確かにエンジンを掛けなくても前に進み、後ろのバンパーに指紋が付いていることも確認された。では、何故なのか。。。


番組での検証は、以下の通り。

  1. 土地測量をすると、目視すると坂道に見えるが実は下り坂
  2. 指紋は、実は洗車等では拭き取れないとのこと
  3. 子供の声に聞こえたのは、近くで飼育されている孔雀の声
  4. 列車事故は確かにあったが、隣町で発生したものを地元紙が報じた
  5. 名前が付けられている通りの名称は、近くの教会の牧師にによるもの

ということが判明したのだった。


ところで、今日の晩にテレビ朝日系列で超常現象を特集した番組が放送されていた。

その番組中で、今年の7月に東京の豊洲付近で数百人が同時にUFOを目撃されたというネタが紹介されていた。翌日のスポーツ新聞にも一面で出ていたそうであるが、その後の検証で、凧ではないかと言われている。


さて、こうした「都市伝説」「噂」「謎の伝承」の多くが、「結論」「結果」からの「推論」と「思い込み」で情報が構成されているものが多い。

「原因」や「根拠」、結論に結びつけられるまでのプロセスを含めた「因果関係」の検証が欠けたものが多い。

人の噂は、その話題そのものの「面白さ」「特異性」「稀少性」「意外性」といったもので伝播し、その度合いにより伝わる力も増す。

また、先行情報としてそうした話題が頭の中に刷り込まれて、当の本人が実際の状況を体験した際、本来存在している原因や理由、根拠なるものをきちんと把握しない、もしくは見えなくなってしまうことが多いのだ。

つまり、人間は、自分自身が先に刷り込まれている情報により、「フィルター」がかかってしまい、その「フィルター」を通した判断をしてしまうのだ。

ビジネスにおいても、「情報の真贋」を見極める際に、まず行わなければならないのは、情報自身の分解だ。つまり、情報を「事実」と「意見(感想・印象・判断など)」を区分しなければならないのだ。

これが、情報をきちんと目利きするポイントである。


しかし、このような「都市伝説」や「超常現象」「噂」というものは、エンタテイメントとして楽しむことは個人的には大変好きだ。

2009年12月22日火曜日

Wiiソフト「NHK紅白クイズ合戦」発売!!

先日17日、任天堂から、ゲームソフトWii用のソフト「NHK紅白クイズ合戦」が発売された。

このソフトは、NHKで過去放送されていた、また放送されている番組が体験できるというものだ。

クイズ番組「ジェスチャー」や「連想ゲーム」、現在の生活科学番組「ためしてガッテン」などが体験できるのだ。




ところで、このソフトの中の「連想ゲーム」、子供の頃によく見ていた記憶がある。
確か、毎週水曜日の19時半。7時のニュースが終わったあとの番組。

今のクイズ番組の殆どが、「知識型」「雑学型」というような教養型のクイズ番組が多いなかで、コミュニケーション力を高めるという視点で、「連想ゲーム」は、色々と応用出来るのではと思ったりする。

「連想」そのものは、相手が何を考え、何を訴えているのか、相手の立場にならねばなかなか分からない。

また、「ジェスチャー」も同じだ。言葉を使わず、相手が何かを伝えなければならない。日頃使っている言葉以外で、どのように表現したらよいのか、様々な手段や方法を用いて、伝えなければならない。

自分自身の「語彙力」や「表現力」を知るためにも、こうしたゲームで確かめてみるのも面白いかもしれない(このソフトそのものでは難しいかもしれないが・・・)。

「携帯電話」や「電子メール」など、一見便利なツールではあるが、実はコミュニケーションそのもののスキルを低下しかねない危険性持っている。特に電子メールは、「相手の状況を考えなくても情報を伝えられるツール」でもある。


たかがゲーム、されどゲーム。

ビジネスにおけるコミュニケーション力の低下が懸念されている現在、情報の目利き的には、こんなゲームを介して、ふと自分自身の「コミュニケーション力」を認識出来るのではと思ったりしたのだった。

2009年12月21日月曜日

想定外な状態での、段取り力とは?

私が今通っているスポーツジムが、実は今月いっぱいで閉鎖だ。
通い始めてから、約3年、非常に残念だ。
折からの不景気により、終了せざるを得ないという案内を先日受け取った。

最終日まであと数日ではあるが、ジム会員に対して迷惑が掛からないようにと、様々な案内が郵便物や施設内でアナウンスされている。

また、引き続きスポーツをしたいという会員向けに、今まで競合であった他系列のジムへの移籍のサポートまで現在行っている。


過去、経営難で営業が出来なくなった英会話や各種学校といった様々なサービス業の様子をテレビ報道で見受けることが多かったが、そのどれもが、争議になっていたりしているものだった。

そうしたモメてしまう形が多い中で、今回の対応は非常にきっちりとしているなぁという印象を受けている。

こうした事態でのポイントは、「お客様視点での段取りの力」である。

異例事態における段取りは、通常の業務では発生しないことばかりであるため、オペレーションを推進する中で、物事がどのように進むかという「想定する力」が求められる。

どのようなビジネスでも、事件・事故といった「想定外」のことが発生することを避けることは出来ない。

そのため、どうしても起きてしまった場合、その事態悪化を最小限に留めるために、原理原則というものを定めて置く必要がある。その原理原則の視点こそ、その会社の理念的なものが顕著に現れる。

上記の争議になるようなケースの多くは、「お客様視点」の欠落だ。

接客レベルで日本で評価の高いディズニーランドを運営するオリエンタルランド、リッツカールトンホテルなどでは、こうした「イレギュラーなサービス対応」においては、基本的にマニュアルのようなモノが有るわけではなく、「理念」に基づき、ことの対処の優先順位を決めているのだという。


多くの企業が、理念等は構築していると思われるが、末端のオペレーションまで、きちんと血が通ったもので運用されていなければ、それは本当の理念とは言えない。

イレギュラーな事態が発生したときに、企業そのものの存在理由、理念というものが、きっちり徹底され共有・共感されているのか、常日頃の結果として露呈されるのだろうと私は思う。

2009年12月20日日曜日

Abacrombie 日本進出!!

昨日に引き続き、週末の銀座ネタ。

昨日撮影した一枚。




こちら、12月15日に東京銀座にオープンした、アメリカカジュアルブランド「Abacrombie and Fitch(アバクロンビー&フィッチ)」。アジア地域の1号店だ。
近くには、先にオープンした「H&M」「ZARA」などが出店している銀座の目抜き通りへの路面店。

Abercrombie & Fitch


以前、米国に旅行で訪れた際に買い物したことがあるが、とうとう待ちに待ったと言わんばかりの日本に進出だ。

アジア一号店で開店したばかりということで、店舗前はものすごい行列。2ブロック先まで、延々と続いていた。


今回はあまりにも人が多いので、店内に入らなかったが、過去アメリカで行った時の印象を掘り起こすと。。。

店内は、薄暗い照明で、アップテンポのリズミカルな音楽が絶えず流れている。また、店内には、フレグランスもプンプンと漂っている。。。このような感じ。

アバクロは、ユニクロやH&Mなどの、いわゆる「ファストファッション」と呼ばれる低価格帯のショップとは異なり、高級カジュアル路線の戦略を取っている。
店の雰囲気からも、十分それは伝わってくる。


さて、今の日本は、「安値」「低価格」「値下げ」といった言葉がオンパレード。
そうした中で、ちょっと「日本進出に関して、出遅れた感のある」中でのこうした高級ブランド戦略が、どのような結果に繋がるか、今後の注目ところだ。

昨日は、店舗には入っていないが、接客やサービスの様子など、どのような感じなのか個人的に非常に興味深いところだ。

2009年12月19日土曜日

サンタクロースの服の色は?

今日、夕方から仕事で打ち合わせがあったが、少し時間があったので、久しぶりに打ち合わせ場所近くの銀座界隈を探索してみた。

既に、クリスマスも目前。通りは、華やかなイルミネーションで彩られていた。

週末は、銀座の大通りは歩行者天国。そんな中で、写真のような光景に出くわした。




こちらは、高級ブランド「dunhill」店舗前。クリスマスでサンタが店への誘客に一役買っていた。

ところで、このサンタクロース。

写真を見ると黒っぽいが、実は濃い緑色の服を来ている。諸説はあるものの、サンタクロースの服は、元々、この緑色、もしくは茶色っぽい色が元来のサンタクロースの姿だと言われている。

一部地域では、過去から現在の赤色の服もあったそうだが、かの有名な清涼飲料水メーカー「コカコーラ社」が、自社のコーポレートカラーを使用してブランディング活動をするために、赤いサンタクロースを用いて宣伝活動を行い、これが全世界的に広まったとされている。

今では、「サンタクロース」=「赤と白」というイメージが当たり前のように、焼き付いてしまっているのだ。

人間の「イメージ」というものはすごいもので、このように刷り込まれてしまうと、それが当たり前になってしまうのだ。いわゆる、「思い込み」だ。

サンタクロースの服の色のようなこと以外にも、意外に「当たり前」と思っているものが、実は「元々は全く別物」というものが多いのかもしれない。

今は情報が氾濫する時代、その情報を、時には客観的な視点にたって、元々の意味や由来、歴史的な背景などを調べてみるのも、情報リテラシーを高める一つの手段だと言えるだろう。

2009年12月18日金曜日

「ゆとり世代」と言われる若者たち

「ゆとり教育」という政策が取られて、早十数年。
今日のNHK「特報首都圏」(関東ローカル)という番組で、「“ゆとり”と言われる若者たち」と題して特集していた。

週5日制、総合学習といった大幅なカリキュラムの変更が始まったのが1992年。当時小学1年生として入学した世代が、来年の4月に社会人1年生となるようだ。

この世代は、小学6年生の時代にインターネット普及率が50%、高校1年生の時代には、更に60%を超えるなど、情報インフラの発達とともに育った世代である。

番組では、この「ゆとり世代」と言われる世代の特徴を、立教大学の准教授が次のような形でまとめていた。

  1. 浅いコミュニケーション
  2. 失敗を極端に恐れる
  3. 言われたことしか出来ない。

就職活動の指導を通してこのような特徴があると述べている。

「個性の尊重」=「大切に育てられる、丁重に育てられる」
という図式で育てられ、思い切ったことができなくなったのだとか。

つまり、家庭や学校で怒られたことがないことが多いとされるこの世代。失敗を起こしたくないので、聞かなくても良いのに聞いてしまう。自分で考えると、失敗することに怯えてしまい、前に進めなく動けなくなるのだそうだ。

また、一方では、コミュニケーションをとる手段の幅が広がる一方で、人間関係自身が、浅く薄くなっているとも指摘。

彼らは、中学生から携帯メールで育ってきており、メールが、目や口のような重要な手段。電話は、かけるタイミングによっては相手に迷惑になったりして嫌われたくないということで、あえて無難なメールでコミュニケーションを取ってしまうのだとか。

さて、こうした動きはゆとり世代だけではなく、今の社会全体も同じような動きになっているのではないかと思えることが多々ある。

番組では、受け皿の企業側の教育にもフォーカスを当てて紹介していたが、そこでのポイントは、「褒めて育てる」という視点から、徐々に「叱って育てる」という視点を重視しているのだという。

そもそも、叱られることに慣れていない。上司に怒られると、自分を理解してくれていないとして会社を辞めてしまうのだとか。

私が思うに、これは、コミュニケーションのスキルが低下してしまったが故の結果ではないかと考えたりする。

メールに代表されるように、「相手の立場」を余り考慮しなくても、メッセージを発信することが出来るような時代になった。

情報コミュニケーションにおいて、「相手の立場を考える」というのは、非常に大切なことだ。相手に、如何に正しく伝え、理解してもらうためには、しっかりと相手のことを知らなければならない。


通信技術の進歩がある一方で、その技術を使う人自身のスキルアップも忘れてはならない時代になってしまったのだろう。

2009年12月17日木曜日

適正な価格って?!

最近、「値ごろ感」という言葉が気になることがあった。

そもそも、「ねごろ(値頃)」という言葉は、

ね‐ごろ【値頃】 
[名・形動]品物の値うちに相応した値段であること。また、買うのにちょうど手ごろな値段であるさま。「―な(の)品」「―感」

という意味ではあるが、株取引などの金融用語としてもよく使われる。

英語では、「a reasonable [moderate] price」。

また、「おまけより割引して欲しい」(徳田 賢二 著)という経済心理学の書籍では、「値ごろ」の方程式として、

「 値ごろ感 = 価値 ÷ 費用 」

と記されている。

下の写真は、つい最近、近くのスーパーで思わず手にとってしまったもの。




「イタズラ」ではなく、本当に売られていた商品である。

「70%引」という表示。私自身が学生時代にスーパーでのアルバイトで、値札シールを作成する機械の使い方に慣れるために、遊びで作ってみたことがある表示。
はじめは、目を疑ったが、何度かこの表示の商品を見たので、意思をもって、売っているのだろう。

デフレが進み、値引き競争が進んでいるが、このような割引率を見てしまうと、本来の値段そのものはいくらなのか、という疑問が湧いてしまう。

つまり、正規の値段に対しての「信頼」に揺らぎが生じてしまう。

「70%引」というシールそのものには、「正規の値段に対して70%割引する」という情報だけでなく、その情報に付随して、商品そのものへの信頼、信用、という目に見えない情報も伝えているのだ。

常識としてイメージできるのは、「50%」「半額」というのが想定の範囲内。これを超えてしまうと、「安くてうれしい」という半面、「何か問題があるのでは?」「大丈夫なのか」といったネガティヴなイメージまで生じてしまう。

モノを売り切り、廃棄商品を減らすということは、非常に大切であるが、同時に、売る側や商品に対する「信用」「信頼」という視点も、大切な事である。


情報やメッセージというものは、いろんな形でで伝わるものである。

「値ごろ感」も、そもそも期待していた感覚に対してあまりにも大幅にぶれると、「驚き」か「不信」かどちらかに、大きく針が触れてしまうのだ。

たかが、値札一つと思われるかもしれないが、一つ一つの積み重ねが、無形の価値を左右する大きな要因の一つにもなりかねないものであることだと、注意する必要があるのだと私は思う。

2009年12月16日水曜日

楽しんではいけない、「伝言ゲーム」!!

最近、自宅で工事があった。都合で、その工事の開始時間を業者にお願いしていたのだが、実は上手く伝わっていなかったというエピソードがあった。

どうやら、曖昧に伝わっていたようだ。

さて、この工事、実は多くの業者が携わっている。

受注元を筆頭に、電気工事や、左官屋さん、塗装屋さんなどがチームで担当する。
ここで、上手く情報が共有されていなかったようなのだ。


こうした複数でのチームプロジェクトは、建設業や大規模なシステム開発等では、我々の周囲でも構築することが多い。また、受託プロジェクトでも、再委託、再々委託などされていれば、自ずと複数でのプロジェクトになってしまう。

こうした複数名のプロジェクトで動いていると、どうしても「伝言ゲーム」が発生してしまう。

小学校の時代に、よく「伝言ゲーム」なるものをした。昔のテレビ番組でも、「伝言ゲーム」をモチーフにしたものが沢山あった。

「伝言ゲーム」では、最初の人が話した言葉が、最後の人にどのように伝わったか、その変化を楽しむのだが、ビジネスではそうは行かない。


情報を人を介して伝達すると、必ずそこに介在した人のフィルターなるものが入ってしまう。これは、意識していなくても入ってしまうものだ。

情報を伝達する際に、まず、情報をきちんと分解して、「事実」と「意見」というものを見極める必要がある。この「事実」が、たまに「意見」や「解釈」によって歪曲され、見えなくなってしまうのだ。聞き手も、ここを意識する必要がある。

さらに、より的確に情報を伝えるためには、「口頭」以外の媒介手段だ。ドキュメントで表される「文字情報」である。

こうしたドキュメント化して情報を伝達することは、単に口頭で伝えるよりも、非常に面倒でもあり非効率かもしれない。

しかし、「漏れ」「抜け」「歪曲」などのリスクを考慮すると実施した方が結果的に良いことでもある。

「ムダ削減」「合理化」「効率化」などの言葉があり、今の日本の政治でも、こうした視点が注目されている。

しかし、こうした言葉に囚われてしまいがちな中でも、「必要な非効率」という視点で考えなければならないものも、あるのではなかろうかと思う今日この頃だ。

2009年12月15日火曜日

「始点」と「終点」を考える。。。

今日、仕事の色んな場面で、「始点」と「終点」という言葉が、何度も頭をよぎった。

この「始点」と「終点」という言葉。昔、代数幾何や物理の授業でよく使っていた言葉であるが、私は仕事上で、「スタート」と「ゴール」、「原因」と「結果」という意味合いで使っている。

実は、この発想はビジネスに限らず、色んな場面でも重要な視点だ。

例えば、「山登り」。

登山する山を決定する。どれぐらいの標高があり、登山口から山頂までに到達するための道のりを考える。そして、登山に必要な、テントや防寒具、食料品に地図、コンパスなどのツールに到るまで、持参するものを検討する。実際に登ることを想定し、自分の足のペースも考えなければならない。全て、段取りだ。

もっと身近な例であると、「買い物」。

ウィンドウショッピングならともかく、日常品をいくつかの店をハシゴして買い物する場合は、最初にどの店に行って、最後にどの店で終了するかなどを検討する。段取りの良い賢い主婦は、値段のチェックの順番もしっかりすることだろう。


話をビジネスに戻そう。

この「始点」と「終点」は、どちらも重要だ。
冒頭で代数幾何という言葉を用いたが、ベクトルを描くためには、「始点」と「終点」が必要であることを、授業で習った。つまり、直線を描くためには、「始まりの点」と「終の点」が明確にならなければ、描けない。

ビジネスでも同じく、方向性をきっちりと決めるには、この「2つの点」が重要だ。

ビジネスで、多く見受けられるのが、このどちらかの点が、曖昧になってしまうということだ。

「そもそも、何が問題だったっけ?」とか、「目的は?」という会話が飛び交いながら軌道修正したりする。

会社の戦略やプロジェクトなどの方針の決定というレベルから、会議の議事進行、打合せの段取り・時間配分、そして、提案書や報告書のドキュメントの作成に至るレベルまで、この考え方は有効だ。

また、情報を上手く現場から組み上げ、引き出す際にも、「始点」と「終点」を相手と共有することで、より深くヒアリングできる。ここを明確にすることで、お互い共感できるからだ。

「始点」と「終点」を、押さえる。。。
簡単で、シンプルなことが、非常に奥深く、かつ、重要なことだ。

2009年12月14日月曜日

3D映像で、何を伝える?!

本日のNHKクローズアップ現代で、「3D映像がビジネスを変える」と題して3D映像のビジネス利用を特集していた。


この3D映像だが、最近の映画でも増えてきている。
今年のアメリカで公開された作品のうち、19本が3D映像。更に来年は約50本が予定されているのだという。映画館離れが進む中で、3D映像が増えたことにより、映画館の入場料収入も10%増に繋がっているらしい。

そんな中、来月公開される、ジェームズキャメロン監督の新作「アバター」も3D映像の映画だ。

映画「アバター」


ジェームズキャメロン監督は、CGをふんだんに使用して描かれた映画「タイタニック」の監督でも有名だが、この「タイタニック」を撮影した後は、3D映像の映像表現に取り組んでいたらしい。

映画撮影のためのカメラの開発にはじまり、NASAの技術までをも取り入れた観客用のメガネ開発まで取り組むという「力」の入れよう。

一方、家電メーカーも、最近では3D映像に力を入れているらしい。

先の10月に千葉・幕張メッセで開催されたCEATECでも、3Dテレビが多数参考出品していたのを記憶している。
最近では、韓国メーカーに薄型テレビのシェアを奪われる中、日本メーカーは、ここぞとばかり、来年に向けて3Dテレビの投入し、巻き返しを図る戦略を取っている。来年の冬季オリンピック中継も3D映像での撮影が準備されているらしい。


ところで、情報の目利きとして、こうした開発競争を見ていて、いつも気になるのが、ハード先行でソフト面がどうなのかというところ。

家電メーカーも、アメリカに研究所を設置するなどして、単にテレビの開発だけでなく、撮影用のカメラ、保存用メディアから映像ソフトの開発に関してトータルで取り組んでいるのだとか。

3D映画は、非日常の空間で映像体験をする、そしてわざわざ期待をして見に行くという意味合いで、「3D」であることの効果はあるのだと思う。

一方、テレビ映像で、わざわざ3Dの専用メガネをかけて、見たいというものが、一体どれだけあるのか。。。また、専用メガネを着用するということで、視覚的な負担、疲労などの問題も存在する。

本日のテレビ番組内でも、コメンテーターが指摘していたが、3D映像を扱う制作理論、技法などは、まだまだ未熟である。ハード機器の技術開発をする一方で、ソフトウェアの研究も大いに頑張らなければ、なかなか普及には至らないだろう。

地上デジタル放送も開始して、ある程度の月日が経過しているが、デジタル放送ならではの特徴を活かした番組もまだまだ少ないように感じる。

3Dとしての立体映像にする効果は、建築、医療、文化遺産、教育等といった分野での活用が期待されている。

情報そのものの扱い方、伝え方を、発信者視点ではなく、受信者視点での研究開発と普及こそが、これからの情報ツールとソフトを発展させるためにも重要なことだろう。

2009年12月13日日曜日

世界のお母さんの知恵袋

今日は、週末ということで久々に食べ物のネタで。。

ちょっと前に購入していたキリンビバレッジの「世界のKitchenから」シリーズ「グループフルーツビネガー&ミルク」を飲んでみた。





キリンビバレッジ「世界のKitchenから」


これは、先月11月17日に発売された新しい商品だ。


過去にも色々な味のシリーズが出ている。個人的には、「とろとろ桃のフルーニュ」が好みの味だ。

ところで、この商品のコンセプトが個人的に興味深い。
この「世界のKitchenから」シリーズは、家庭料理のレシピをテーマにしているところが面白い。

多くのメディアを賑わしている料理や菓子など、有名なシェフやパティシエを全面に出した商品が多い中で、家族のために母から娘にと受け継がれてきた伝統的な家庭料理からヒントを得ているところを注目したい。

特に料理は、その土地の独特の歴史や文化の中から生まれてきたものが多く、その地の人の「生活の知恵」なども織り交ぜられている。


様々なモノが進化し、効率化の流れで消えていくモノが多い中で、こうした「知恵」は大事にしたいものだ。

ビジネスにおいても、先人の「知恵」は、大いに役立つことがある。
歴史的な名将の戦術から、高度経済成長を築き上げてきた先輩方の名言に残される手法、そして、同じ会社の中でも培われたノウハウは、先輩から後輩へ。。。

「知恵・ナレッジ」という「無形資産」の伝承は、会社を継続して、力強い組織として営ませるために重要なことだ。

2009年12月12日土曜日

今年の漢字、決まる!!

12月も半ば、そろそろ年末の話題が増えてきた感じだ。
年末好例の「今年の漢字」が決定した。

2009年の漢字は、「新」。

政権の「新」…政権が交代し、新内閣が発足。政策、行政が刷新。アメリカでも新大統領が就任。
スポーツ界の「新」…イチロー選手の新記録、ボルト選手の新記録、水泳競技で新記録ラッシュ。
インフルエンザの「新」…世界的に新型インフルエンザが流行。それに伴い新薬が登場。
制度の「新」…裁判員制度、エコポイントやエコカー減税。構想道路料金特別割引制度。未来への「新」…新しい環境技術、世界経済の変化、平和への新たな一歩。新たな時代が始まる予感。

こういう背景で決定したようだ。

漢検「今年の漢字」


こちらのサイトには、1995年から毎年の漢字が掲載されているが、ざっと振り返っても、ネガティヴなイメージの漢字が多いのが、なんとも言えない。


さて、自分自身が振り返って、今年一年を漢字一文字に表すとどうだろう。

あえて選ぶなら「発」であろうか。

自ら「発案」した社名であるアーキレッジ株式会社を設立し、「出発(スタート)」となった年。そして、情報の目利きとして新しいステージでの自分を、積極的に「発信」することとなった年でもあるということで、「発」をセレクト。

来年も大変な時代ではあるが、ポジティブに良い年にしたいものだ。

さて、皆さんにとっての漢字一文字は?

2009年12月11日金曜日

「言葉」の重みを考える

アメリカオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞し、昨日、ノルウェーの首都オスロで授賞式があった。核軍縮への取り組みや地球温暖化問題で国際的指導力を発揮したとしての受賞だ。

オバマ大統領は、「正義として持続する平和」というプラハでの演説で訴えている「非暴力の理想」「『核なき世界』を目指す理念」などで評価されている。

しかし、就任間もなく大きな成果が出ていない中での受賞として批判もあるのも事実。演説や姿勢、期待値も含めての受賞であろう。

ノーベル賞公式サイト

一方、国内では鳩山首相が資金管理団体が巨額の資金提供を受けている問題がメディアを賑わしている。

この話題では、鳩山首相が野党時代から同様の事件が発生した際に、「政治と金」について厳しい指摘をしてきた「過去の言葉」が、今になっては、自分に対して向けられることになっている。


この2つの話題で注目したいのが「言葉の重み」だ。


「言葉」とは、「何か」を「誰か」に伝えるツールである。
複数の人間が生活をするうえで、情報の伝達、意思や喜怒哀楽の伝達をするための手段である。

ここでより深く考えてしまうと、大学の研究分野並みの話題になってしまうので、この辺でとどめておくが、「言葉」というものは、使う立場、使うシチュエーションによって、その「重み」が変わってくるものだ。

ビジネスにおいても、商談、方針説明、決議といった場面では、そこでの「言葉」というものの重みが大きくなってくる。

「あの時、ああ言った」「いや、それはそういう意味で言ったのではない」といったことが、多々ある。特に、利害関係に及ぶ場合は、その「言葉」自身が結果を大きく左右しかねないこともあり、論争になる場合もある。


日本語は、英語等に比べて、主語を省略することが多く、非常に曖昧に表現してしまいやすい言語だ。したがって、誤解も起きやすい。また、「読点」「句読点」の位置で、意味合いが変わってくる表現もある。独特の表現で分かりにくいと非難される「国会答弁」や「霞が関文学」と言われる「お役所文書」も、そうした日本語の特徴が表れているのかもしれない。

「重要な場面での言葉」を使用する際には、情報を正しく伝達するために、「日本語の短所」を意識することが重要だ。

2009年12月10日木曜日

見えているようで、見えていないもの。。。

最近見つけたこの動画をご覧あれ。

ストリートバスケットをしている若者が登場する。「白」と「黒」のチームに分かれてボールをパスし合う。「白」チームのパスの回数が何回か、まず、カウントしてもらいたい。





さて、どうだったであろうか?

この映像の中に、バスケットをしていない、あるモノが登場したが、気付いたであろうか?

これ以外のバージョンもあるので興味のある方はこちら。


Do The Test

このサイトは、ロンドン交通局がドライバーに対して「自転車への注意喚起」を促すムービーとして提供している。「注意力テスト(Awareness Test)」である。

人間の思考回路は、複雑に出来ているが、結構、一つのことに集中してしまうと、その周囲のモノが見えなくなってしまう。

考えごとにふけって、モノにぶつかったり、電車を乗り過ごしてしまったりすることは、皆さんも体験したことがあるだろう。


様々な情報を目利きする際にも、同じ思考回路が起きているのかもしれない。

ある事象をきちんと把握し、正確に理解するためには、ある一か所のみを集中したり、一つの視点でのみ観察するのではなく、まず、俯瞰して見極める癖が大切だ。

良く私は、「アリの目」「ゾウの目」「タカの目」を例にすることがある。
ミクロのレベルのアリの視点と、空を高く飛ぶタカに移る視点とでは、同じ野原の風景も全く異なって見える。

プロジェクトを俯瞰したり、問題の原因を追究したり、市場を分析する際にも、こうした視点は役に立つ。

2009年12月9日水曜日

個々の潜在能力を、最大化させる施設!?

「共生型介護」という言葉、今日初めて知った。NHKクローズアップ現代で取り上げられていた。

「共生型介護」とは、高齢者、障害者や子供などが一緒に生活しながらケアをするという新しい介護のスタイルだそうだ。

この介護スタイルのメリットは、老人は子供たちからエネルギーを得たり、子供は温かみ、やさしさを得たりできるのだという。

特に、老人が既存の施設でサービスの受け手だったところ、共生型介護施設においては、老人は「子供の世話」「障害者の介助」といった形で、役割を持つことになる。

この「役割を持つ」というのが、どうやらポイントのようで、認知症などを患った老人が、子供と一緒になることで、自らが元気に歩き回り子供を世話したり、表情が明るくなったりという効果があるのだそうだ。

施設のスタッフは、あくまでも人間関係を上手く作る土台をサポートするのだ。


こうした施設は、今は、13の道県しかないそうだ。
縦割行政等により対応が遅れていて、こうした施設が増えていないのが実情のようだ。


さて、この「老人が役割を持たされる」ということで「失われた能力が回復する」という効果だが、「自分自身が何かに関われる」「頼られる」という人間が本来持っている潜在能力が覚醒されるのかもしれない。


ビジネスにおいても、「まず、役割分担を明確にする」ということが、非常に重要だ。
自分自身が、組織の中でどいういう役割を求められ、どういう責任があるのかを明確にするかしないかで、当の本人のモチベーションが大きく左右する。


我々アーキレッジでは、この「役割分担」というものを非常に意識している。
自分自身の役割が明確でなければ、そもそも持っている潜在能力を正しく最大化できず、企業にとっても決してプラスにはならない。


この「役割分担」を行うに際して大切なことは、「まずは己を知り、そして他を知る」ということだ。
自分自身の「出来ること」、「出来ないこと」を把握する。そして、「出来ないこと」を、どう補うか。それを上手く補い合うことで、強い組織の土台が生まれる。

更に、コミュニケーションの視点でも同じだ。自分自身の強み弱みをきちんと知り、自分自身にあった最適な手法やツールを用いて、そして相手に分かりやすい形で、意思伝達をする。


今日の話題の「共生介護」は、こうした個々の強み弱みを上手く補いながら効果を最大化させる要素を持った介護の考え方なのかもしれない。

2009年12月8日火曜日

大ゲンカ!? バトル!?

「大ゲンカ」「バトル」、こんな言葉が今日のニュースで飛び交っていた。

一つは、本日決定した7兆2000億円の経済対策が閣議決定されるプロセスでの出来事を伝えるヘッドラインだ。民主党の管副首相と国民新党亀井大臣とのやりとり。

そしてもう一つは、名古屋市河村市長と市議会の10%減税修正案においての対立を伝えるヘッドライン。

新聞やネットニュースでは、このような煽った見出しは見受けられないが、政策に対しての論争、議論があるのは確かだろう。逆にあって然るべきだ。


日常の業務でも、会議はもちろん、打ち合わせといった中でも議論が必要な場面が毎日のようにある。しかし、建設的な議論、時間を無駄にしない進め方というものは、なかなか難しいものだ。

そもそも、欧米に比べると、日本人は議論というものに慣れていない。
テレビ番組でも、欧米に比べて日本では少ないのは、そうした表れかもしれない。

日本で有名な討論番組と言えば、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」、そしてNHKの「日曜討論」だろう。両番組の進行の雰囲気は、全く異なるが、議事進行のヒントになるものは、時々ある。


会議を円滑に進めるためには、まず、「会議そのものの目的」が明確でなければならない。どこの会社でも数多く見受けられるのが、「会議をやることが目的」になってしまっていること。マネジメント側が、会議をやることで満足してしまっているのだ。これでは、参加させられる側も、モチベーションが低下し、発言も減り、時間だけが無駄に経過してしまうのだ。

まず、「会議そのものの目的、ゴール」を明確にする。ついでに言うと、終了目標時間も明確にしておくことにより、進行にもメリハリがつく。これを参加者全員が意識するためには、「目に見える形で共有する」ことが大切だ。


こうした目的が明確に共有できていなければ、単に自分たち自身の主義主張を言い合うだけになってしまい、最悪の場合、非難合戦に陥ってしまうのだ。

目的やゴールを共有し、円滑に進めるためには中立的、公平に段取り良く振る舞える議長、もしくはファシリテーター(進行役)が必要だ。

さて、今回の国の会合にしろ、市議会にしろ、どのように進行したのだろう。
メディアでは余り触れていないが、結論までのプロセスが非常に気になるところだ。

2009年12月7日月曜日

「流しそうめん型」通信って!?

今日のBSフジ報道番組「プライムニュース」で、「ネットは政治を変えるか」と題して、Twitter(ツイッター)を特集していた。

Twitterは、ミニブログと言われたり、ブログとチャットを足して2で割ったシステムと説明されたりしている。「いま何している」の質問に対して、140文字以内でつぶやきを投稿できるシステムである。

自分の登録している人の「つぶやき」が、タイムラインとして見ることが出来、気になったつぶやきに対してコメントを返せることから、「流しそうめん型」通信とも言われているのだとか。

Twitter





さて、このTwitterは、日本では今年の3月4月ごろから本格的にユーザーが増え始め、現在200万人程度。あっという間に、1000万人レベルに増える勢いだ。

これまでにも、
-2008年:アメリカ大統領選でのオバマ陣営での利用
-2009年1月:USエアウェイズのハドソン川不時着の第一報
-2009年6月:イラン大統領の反政府勢力による声明
-2009年11月:行政刷新会議ワーキンググループ
といったものでTwitterが活躍しているが、番組では、政治や教育の現場での利用も紹介していた。

ゲストとして、民主党の藤末健三議員、デジタルガレージ社の南執行役員、そして慶応大学のキム・ジョンフン准教授が出演。

藤末議員とみんなの党浅尾慶一郎議員のTwitter上での討論、慶応大学での授業内でのTwitterの取り入れなどの事例を紹介していた。大学の授業の利用とは、講義内容についての生徒からの質問をTwitter上でリアルタイムで書き込んでもらい、その場で教授が内容に合わせて講義で補足説明するのだという。
手を挙げて質問すれば良いとも思われるが、大教室等の講義では効果を発揮しているらしい。

インターネットの新しい媒体が登場すると、その多くが、広告や販売促進の視点の「情報の発信」の側面の話がメインになりがちだが、「情報を汲み取る」という視点も、番組では触れていた。慶応大学の授業の事例でもあるように、「1対N」のコミュニケーションにおいて、そのNの多数の中から情報を上手く集められるツールという意味で、将来の可能性を秘めているかもしれない。

インターネットの歴史を振り返ってみても、掲示板やSNSなどのコミュニティでは、誹謗中傷などの個人攻撃、本人なりすまし、情報の真贋といった課題は、過去からあり、今でもこうしたことが運営上の課題として残っている。

技術開発でこうした問題は、一つ一つ解決しているが、情報の真贋というものは、情報を受け取る側の能力にも左右される。つまり、情報を見極める「目利き」の力だ。

ユーザーが、しっかりと「情報を見極める力」を持つことが出来れば、常に自制・自浄機能が働くと、番組ではコメントされていたが、そのベースにあるのは、更に、情報の授受において「相互に思いやる、ハートの部分」こそが、肝心要なのだろうと私は思ったのだった。

2009年12月6日日曜日

モノを持って成し遂げる、、ということとは。。。

地方再生として、外国人観光客の受け入れを積極的に推進しているとして、飛騨高山がフジテレビの今朝の報道番組で紹介されていた。

番組では、旅館田邊の女将が紹介されていた。片言の英語での外国人客への心温まるおもてなし。これが、非常に外国人観光客に評価されているのだとか。たとえ言葉自身が片言であっても、宿泊されるお客様への思いやりにより、その思いが伝わっているのだろう。

旅館田邊

飛騨高山は、こうした旅館だけでなく、町全体が受け入れ態勢を構築している。
片言の英語を話す朝市の「おじさん」から、公共施設のWEBサイトまでが外国人観光客を意識している。

飛騨高山(社団法人飛騨高山観光協会):11の外国語対応

高山市観光情報(高山市観光課):11の外国語対応


番組では、外国人のインタビューがあり、そうした海外観光客からみると、飛騨高山は京都よりも魅力があるらしい。


「ごくありふれた日本」「昔からある自然体の日本」における「おもてなし」を、外国人観光客は求めて来訪している。


以前、このブログでも上野の旅館を紹介したことがあるが、共通するのが「おもてなし」。

「おもてなし」とは、「もてなす」に「お」を付けた丁寧語。
「もてなす」の語源は、「モノ(コト)を持って成し遂げる」という説と、「表裏なし、表裏のない気持ちでお客様を迎える」という説があるらしい。

どちらにしても、相手を思いやる気持ちが必要である。
コミュニケーションを行う上では、基本的なことではあるが、重要なことでもある。

相手を思いやることで、コミュニケーションは円滑になる。
更に、相手のニーズも汲み取りやすくなる。

また、単なるコミュニケーションからビジネスの視点へ移し、思いやりを持ってお客様の視点に立つことにより、新たなイノベーションへと繋げることも可能だ。

「ユニバーサルデザイン」という考えもあるが、これも、こうした思想がベースにある。

「おもてなし」。
実はこの視点こそ、日本が誇れる目に見えない「資産」の一つなのだと思ったりする。

サービス大国日本。
これまでの歴史と文化、そして独特の国民性の中から育まれたこの「資産」を起爆剤として、新たな発展が出来ないかと期待する今日この頃だ。

2009年12月5日土曜日

同じ一つの屋根の下で。。。

今、シェアハウスなるものが増えてきているらしい。
今朝のNHKの経済番組で特集されていた。

シェアハウスは、ルームシェアとも言ったりするが、一つの家や建物に、赤の他人が共同で生活するスタイルのことだ。

私自身、アメリカでシェアハウスというライフスタイルを楽しむ知人もいたが、最近は日本でもこうしたものが広まってきているようだ。

また、そうした物件ばかりを扱う不動産会社もあらわれているようだ。

テレビでは、女性用シェアハウス物件のみを扱う女性社長がゲストとして出演していた。

東京ガールズ不動産

こちらの女性社長、自身の年齢も若く、自らも内装やインテリアを手掛け、居住する女性と同じ目線でリフォームしたうえで、シェアハウス物件を提供しているのだそうだ。


こうしたシェアハウス物件であるが、住み手がつかない中古戸建てや、福利厚生施設見直しにより手放された社員寮などを、再生する形で提供している。

一方、住み手も、ワンルームマンションよりも、家賃を抑えられる他にも、開放的な空間を得られる等のメリットがある。

また、一人で居住していないため、「温もりを感じられる」とか、「仕事以外の交友関係が広まる」といった無形部分のメリットも、居住者からの声としてあるのだという。


昔の日本には、こうした共同生活もあったようだが、最近では「個」が中心。
「隣の住民も良く分からない」というような、周辺との関係も希薄になる一方で、こうした「つながり」「絆」「温もり」へのあこがれが増えてきているのかもしれない。

日常生活を通しながら、フェース・トゥ・フェースでの、居住者同士のダイレクトなコミュニケーションによって、こうした「つながり」「絆」「温もり」が生まれてくる。

「名前もわからない」「顔もわからない」人とのコミュニケーションが、インターネット技術によって増える一方で、「血の通った」コミュニケーションの大切さが、今、もう一度見直されているのだろう。

2009年12月4日金曜日

小いさな鳥に、異変が起きている・・・!?

小さな鳥に異変が起きているらしい。
その異変とは、「くちばし奇形」。

ショッキングな話ではあるが、今朝のテレビ朝日系列の情報番組で特集していた。

この小さな鳥の異変が発見されているのは、北海道の最南端。松前町白神岬というところ。ここでは、環境庁から調査受けている調査員が、定点観測で鳥の様子を観察しているのだ。

調査によると、くちばしの奇形が発生しているのは、2001年以降発生しているのだそうで、毎年3羽、4羽、5羽、6羽などの数で推移している。調査対象が数千単位に対して発生しており、割合としては0.5%前後なのか?!

こうした奇形は、日本だけでなく、アラスカやガラパゴス諸島でも発生しているらしい。
ガラパゴス諸島は、世界遺産に指定されたのち、多くの観光客が訪れ、その影響によるごみ処理問題を抱えている。そのゴミの処理が現在は「野焼き」となっており、ダイオキシン等も含まれると想定され、そうしたところから発生しているのかもしれないとのこと。
発見されている個体数としては、数羽だが、産卵から成長になるまでに生き残れなかった個体も想定されるため、発生数はかなりの数になるのではとのこと。


さて、この問題そのものも非常に気になるところだが、こうした「小さな変化」に敏感になることは、情報を目利きする際にも、大切なことだ。

ビジネスにおいても、お客様の反応の変化、製造ラインの変化から、部下や社内のちょっとした様子の変化などから、潜在的に起きている問題を、早期に察知することができる。

事象を、ただ漫然と傍観しているだけや、アウトプット化された結果数値のみだけの評価だけでは、こうした小さな変化は見落とす可能性が非常に高くなる。

ところで「ハインリッヒ」の法則というものがある。

これは、1件重大な事故・災害の背景には、29件の軽微な事故・災害、300件のヒアリとすること(いわゆる「ヒヤリ・ハット」)が潜在的に隠れているという法則だ。

目に見える事象は、水面下で様々なことにリンクしていることがほとんどである。

こうした小さな変化にも、きちんと目を向けながらマネジメントすることも、業務オペレーションにおいては重要だ。

2009年12月3日木曜日

美少女キャラで、町おこし!!

秋田県羽後町(うごまち)。

ここが、今、面白い方法で町おこしをしているのだそうだ。

その町おこしの方法とは、「美少女キャラ」。
昨日のNHKクローズアップ現代にて特集されていた。


大きな地図で見る

美少女キャラのイラストをベースに、お米の「あきたこまち」、地酒など、地元特産商品の開発から、イラストコンテストなどのイベントを開催し、町おこしをしているのである。

町おこしin羽後町

『スティックポスターin羽後町』応援中!

(株)スタジオいなご…美少女イラストの企画制作している会社


発起人は、20代の青年。この町の出身で東京に上京後、自分の故郷を何とかしたいという熱い想いから、このプロジェクトを立ち上げたのだとか。

こうした美少女キャラを好む多くの若者が、この町に押し寄せている。

もともと、こうした美少女キャラを目当てに訪れていた若者たちが、最近では、都会では見ることのできない日本の原風景に惹かれて訪れているのだそうだ。


さて、この番組で印象に残ったのが、「地元の若者」のインタビューでの言葉。

地元の若者曰く、こうした多くの若者が、自分の生まれ育った田舎町を都会からわざわざ大挙して訪れるのを見て、「自分の生まれ育った所に、こんなに誇れる場所があったのだと、改めて発見させられた」とのこと。

「自分の生まれ育った、こんな田舎町なんて…」という、自虐的な思いが、彼らによって心を動かされたのだ。

そんな地元出身の若者も、今では、彼らと力を合わせ、イベント運営のサポートや、新商品開発の交渉に奔走している様子。


自分たちの「良さ」、「強み」というものは、なかなか自分たち自身で把握することは難しい。

第三者に客観的に評価してもらったり、自分自身の立場が変わって、初めて認識できるものだ。

「日本の良さ」というものも、実は、海外に身を置くことで、初めて気付いたりする。
日常生活当たり前になっていることなどが、突然海外で不便な状態に陥ったときなど、初めて、その当たり前を改めて感じたりする。


「自身を客観的に認識する」というのは、日常だけでなくビジネスにおけるコミュニケーションでも重要なことだ。
「視点を変える、相手の立場になり切る」という習慣を、日ごろから意識しておくことが、重要だ。

2009年12月2日水曜日

メタルバルーン、金属風船!?

金属製の風船?

金属が膨らむ?

そう、金属が膨らむのだそうだ。
この金属を加工する技術を専門用語で「油圧塑性技術」と言うらしい。

これは、鋳造業等で良くつかわれる金型を用いるのではなく、金属板に対して、液体や空気を圧力計算しながらポンプで注入し、その圧力により膨らませ所定の立体的な曲面を得る技術なのだとか。

数日前に、テレビでこの技術で特許を持つ、株式会社一村製作所を取り上げていた。

株式会社一村製作所


上記WEBサイトでは、冒頭で紹介した「金属製の風船」のような、数々の「珍品」を紹介している。


さて、この特許にまでなっている「球形型」の加工技術、実は、従業員の失敗から生まれたものだとか。

油圧塑性技術で、とある商品加工を行っているときに、圧力の計算を間違えて、球体のものが生まれたのだとか。


失敗は、そもそも避けたいものであるが、起きてしまうのも事実。

大抵の場合、原因究明にフォーカスされるよりも、どちらかというと責任追及などのほうに焦点が絞られやすい。

責任追及は勿論必要かもしれないが、失敗してしまった原因、その背景から学べることが多いのも事実である。

一村製作所の例は、その典型例。

業界は変わるが、航空業界でも失敗情報を非常に意識している。
特に、乗客の命を預かる旅客機に、整備不良や操縦におけるヒューマンエラーなどがあっては、悲劇に繋がってしまう。

航空業界では、失敗情報をきちんと報告させることを、人事評価に取り入れたりもしている。


文字通り、「失敗は成功のもと」。

失敗は、単に失敗に終わらせるのではなく、底に至ったプロセスを整理し、分析をきっちりと行い改善に繋げることで、情報をより「活きた情報」としての資産に変えられるのだ。

2009年12月1日火曜日

解決策は、自ら探す?!

首都圏で鉄道を利用していると、毎日どこかで、人身事故や到着遅延に巻き込まれる可能性が高い。


今日も、JR東日本管内での総武線や京浜東北線、湘南新宿ラインなど複数の路線で遅延が発生していた。
首都圏は、複数の路線が関係し合っているため、一つの路線に問題が発生すると、たちまち複数の路線に影響してしまうのだ。

そうした時に、いつも気になるのが、車内や駅構内のアナウンス。

「◯◯線は、人身事故のため、ただいま運転を見合わせています」やら、「◯◯線は、信号トラブルのため、◯◯分の遅れが出ています。」といった具合い。


基本的には、現在発生している状況説明だ。

たまに、その状況説明も、ままならなかったり、車内と駅構内とで、食い違う場合もたまにある。


さて、情報の受け手である乗客にとって、こうした現在の状況説明の情報は、事態を把握するために、まず第一に欲しい情報だ。「何が起きているのか」という不安や苛立ちを抑えるためにも、状況を説明することは重要だ。

で、その後。。。

乗客が欲しい情報というのは、「次に、どうしたらよいか」という解決策だ。


「どの路線は、通常どおりなのか」とか、「どうしたら迂回が出来るのか」というアドバイスが欲しいのだ。
路線図や周辺地図が頭の中に叩き込まれている人は、問題ないと思われるが、初めて訪れている人、電車に不慣れな人にとっては、こうした際に解決策が無いと、途方に暮れてしまう。


こうした「解決策情報の提供」という視点では、車内や駅構内のアナウンスのタイミング、情報量、そして各種インフォメーション端末での情報提供力は、まだまだ未熟に感じられる。

情報ツールの多様化が進む一方で、こうした突発的に発生した状況に対して、その状況を解決する方法、対処法などの情報提供の仕方は、まだまだ発展の余地が沢山あるように思える今日この頃だ。

2009年11月30日月曜日

「街をぶらつく」ことから、新たな発見をする!?

今日は、打合わせと打合わせの合間に、比較的時間があったので、大型書店に立ち寄った。

書店をぶらぶらすることは、そもそも好きで、週に何度となく通っている。

新刊はもちろん、何かの問題を抱えているときに、解決のヒントになるものを、発見できたりする。

私の書店のぶらつき方は、一つ。「くまなく、端から端へ、舐めるようにぶらつく」。

舐めるようにぶらつくことにより、そこから、いろんな発見をすることができる。

新刊本からは、世相のニーズ、話題などを感じ取ることができる。また、週刊雑誌系からは、見出しから、より直近の最新の話題をキャッチアップできる。

書籍の「帯」も面白い。どんな人が推薦しているのかによって、その推薦人の興味の範囲、ジャンルなども垣間見える。

また、書店毎に、取り揃えられている品揃えにも違いがあったりする。そこから、そのエリアの客層や地域特性を伺い知ることができる。

ターミナル周辺、住宅地、学生街、ビジネス街。。。。その街の個性が出ているのだ。

また店内目を向けてみると、エンドと呼ばれる、棚の端の使い方、平台(ひらだい)と呼ばれる、平面の棚の使い方、POPと呼ばれる手書きの商品紹介などをみると、書店ごとに個性があって面白い。

意識せずに買い物をしていると、ただの買い物に終わってしまうが、視点を変えることで、楽しみ方も変わってくるものだ。

これは、オンライン書店では、絶対に味わえない楽しみ方だ。

情報の目利き的には、「何故だろう」という意識を常に持ち続けながら、ぶらぶらしていると、新たな情報の発見に繋がったりするのだ。

2009年11月29日日曜日

「オープンイノベーション」って。。

「オープンイノベーション」。最近、このようなキーワードを目にすることが多くなっている。

「イノベーション」とは、「変革」や「刷新」「新機軸」というような意味合い。企業における「商品サービス」「組織」「人そのもの」を新しいアイデアや新しい価値観で、刷新していくことにこの言葉が使われる。

これまでのこうしたイノベーションは、企業経営において蓄積されたノウハウ、知恵などから生まれてくるのが一般的。

しかし、市場や顧客ニーズが多様化し技術発展のスピードも速く、自社技術のみで製品開発を推進することが難しくなっている。

そうしたなかで、異分野や他社や他の組織の技術の資源を活用して、新しい事業を効率的に実施することが、考え始められているのである。

こうした資源とは、社内に蓄積した「技術力」をはじめ、人材、組織それぞれの力も含まれる。


最近、大田区ではこうした経営資源を持つ大田区内の中小企業と、大手企業のマッチングを行ったりしているそうだ。

オープン・イノベーションマッチング・イン大田


この様子は、テレビでも紹介されていた。

ここに参加する大手企業の担当者は、「参加すること自体、自社の技術開発の方向性を開示しなければならないリスクはあるものの、今はそれに囚われていては、時代に取り残される」とのこと。

中小企業であっても、ノウハウ・技術を持っているにもかかわらず、そうした「ビジネスの宝」を、上手く活用出来ていない会社が数多くあるはずだ。

更にそうした、自社のノウハウ・技術が属人的になってしまっているところも少なくない。


組織力を高めるためにも、まずは、自社内でのノウハウ・知識を、組織内で可視化させることが第一歩だ。

今の厳しい時代だからこそ、「量」ではなく、「質」「中身」にも目を向けたいところだ。

2009年11月27日金曜日

インディージョーンズ博士のモデル

私の好きな映画である「インディージョーンズ」シリーズの主人公、ハリソン・フォード扮する考古学者であり冒険家であるインディアナ・ジョーンズ。

インディージョーンズオフィシャルサイト(英語)

このインディアナ・ジョーンズにモデルがいたことが、つい最近知った。

その名は、ラングドン・ウォーナー氏(Langdon Warner、1881年~1955年)。アメリカの美術史家である。


実は、このウォーナー氏は東洋美術を主に研究され、戦後GHQの古美術管理の顧問として来日している。

このウォーナー氏は、太平洋戦争時に日本で多くの空爆があった中、歴史的遺産等を数多く抱える日本のなかで、空爆すべきではない地名のリスト「ウォーナーリスト」を作成したということで、京都や奈良の歴史的建造物を守った人物として知られている。一方では、リストそのものが、そもそもそうした目的のために作成したのではないという説もあるのも事実。

しかし、ウォーナー氏自身が、真の日本美術の理解者であり、日本の文化財を世界的なレベルに広めた人物であることは、間違いない。日本美術の「目利き」であるのだ。


ところで、「戦国武将ブーム」「歴女」「アシュラー」といった歴史文化物が、昨今流行している。
最近では、「甲冑(かっちゅう)パンツ」なるものまで販売されているのには驚いた。

ログイン株式会社 甲冑パンツ


これらのブームが、単なる「見た目」から、文化的「内面」の部分まで、掘り下げて目を向けられるようになっているようだ。

柔道、弓道、武道、剣道、書道、茶道、華道などといった日本独特の価値観、哲学。

こうしたものの中にも、現代の日本において改めて見つめなおし、世界に誇って広められるものがたくさんあるのではないかと思ったりする。

もしかしたら、ラングドン・ウォーナー氏も、そうした東洋的・日本的思想にも惹かれたのかもしれない。。。

2009年11月26日木曜日

今、子供の「言語力」が低下している!?

言語力とは、自分で考えたことを文章やことばで表現する力とのこと。

この言語力低下が起きているのだと、昨日のNHKの番組で取り上げられていた。

学力低下もさることながら、小中高生の文章やことばで表現する力が衰えているらしい。文部科学省も、これらを問題視し、教育活動を通じて言語力を育成することになっているようだ。


文部科学省 言語力育成のための教育内容の改善について(これまでの主な意見の例)


最近では、この言語力を検定する仕組みまであるそうだ。

言語力検定


さて、この言語力低下の問題。その原因は、様々な視点で指摘されているとのことだ。

まず、親子の会話の問題。
子供の時に、親からの問いかけ等による、筋道を立てて話させる工夫が減ってきているのではないかというもの。そもそも、会話自体が減少している。家族揃って食事を取ることも減ってきているという統計データからも、そうしたことが伺える。

他の視点としては、携帯メールに起因する問題。
短い文章で、更に話し言葉。論理的に順序立てて文章を書くという習慣がなく、こうしたショートメッセージによる文章に慣れてしまい、論理的に考えられなくなっているという指摘。

このような原因を紹介していた。

こうした現状で、小学校でのカリキュラムで論理的な思考を身につける授業を実施している事例を紹介していたが、その中で、「マインドマップ」手法を取り入れた、頭の中の情報整理の仕方を指導している風景が映し出されていて、少し驚いた。


この言語力、学校教育だけではなく、スポーツの世界でも意識されているのだという。

日本サッカー協会は、「試合で勝てないのは言語力である」として、選手同士が論理的に思考し、意思伝達をしっかりとさせるためにも、言語力向上に努めているらしい。


これらは、何も子供たちだけの話ではなく、ビジネスでも大いに影響することだ。

日々の業務における報告・連絡・相談、所謂「報連相」にはじまり、会議や討論、プレゼンテーションなど、様々な場面において、私たちは「言葉で伝える」ということにぶちあたる。

私は、我々の親の世代に比べて、非常にコミュニケーションが希薄になって、さらにITがそれを助長していると危惧している。


そもそも、「日本語」という言葉は、主語を省略したりして曖昧に表現してしまう特徴があるほか、オブラートに包んだ表現や微妙な言い回し、文脈等から読み取ることを美徳とした、世界的にも独特の文化である日本に、西洋的な発想のITの利用の仕方を、そのまま導入してしまった結果起きている現象なのかもしれない。さらに、それらに言語力低下が追い打ちをかけている。


これを打開するために、子供の教育はもちろんだが、大人社会では、そもそもITでは解決はできず、本人自身が意識をして改善しなければならないと私は思っている。

自分自身できちんと5W1H的に考え、それを順序立て、「相手の立場に立って」「相手がわかるように」伝えるとうことを、日々意識しなければならないのだ。

私は、「相手の立場に立って」「相手がわかるように」が、一つの重要なポイントになるのだと思っている。

2009年11月25日水曜日

「資生堂の歴代CM」DVD、本日発売!!

本日、大手化粧品メーカー資生堂の歴代CMを集めたDVDが、エイベックスから発売された。
数日前から、テレビ等で話題になっていた。





DVDの内容は、1961年から1979年にオンエアされたもの。1978年から1999年バージョンは、12月16日リリースの予定だとか。

発売前から各種メディアで取り上げられ、amazonのチャートでも上位を獲得している。

ところで、こうした、過去のCMと比較して最近のCMに思うことは、頭の中に残らないものが非常に多い。

70年代80年代に比べて、CMそのものの長さ(尺)が短くなっており、伝えられる情報量に制限が出てきていることもあるかもしれないが、総じて、奇をてらいすぎて、何を伝えたかったのか、そもそも何のCMだったのか分からないものが非常に多く感じられる。

最近は5秒CMもあり、そもそも15秒枠に、「5秒CM」「放送局番組宣伝」「5秒CM」となんともせわしないものも放映されている。

広告効果の減少が言われている昨今、テレビCMは過渡期に差し掛かっているのだろう。しかし、インターネット広告が台頭してきている中でも、やはり、テレビCMの持つ強みというものは、相変わらず存在していると私は思っている。

その強みとは、「一度に多くの人に、知らせる機会を潜在的に持っている」ということ。
これは、「マス(=大衆)」という視点では、他のメディアより訴求力は群を抜いているはずだ。

しかし、広告効果の減少しているのも事実。これは、情報の受け手が、情報そのものを受け取る手段が従来より増えたこと、更に、「テレビよりも魅力のある情報収集ツール」というものが出現したことによるものだ。


テレビのCMの効果を、過去のように少しでも上げるのであれば、まず、「テレビというメディアそのものが、魅力ある情報収集ツール」にならなければならない。これは、テレビ局の番組作りの問題だ。

そして、その合間に流れるCMも、CG合成処理やタレントに依存するのではなく、しっかりしたコンセプト、脚本とメッセージ性を重視すべきなのだろう。また、今のCMの枠の考え方も本当に良いのか等も考える時期なのかもしれない。

最近は、そうしたこともあるのか、テレビ局側がCM作りに参加したり、番組内容に連動したCMや、CG合成処理といったものを一切行わず、数年前のコンセプトをもう一度リバイバルで利用しているCMも放映されている。


しかし、残念ながら番組作りそのものは、新しい魅力を創出するために、何か取り組んでいるようには思えない。


以前のようなCM効果は期待できないかもしれないが、少なくとも「テレビだからこそ出来る広告」というものの出現が、非常に期待されるところだ。

今回の資生堂だけでなく、過去の様々なCMを見るたびに、少年時代、学生時代の過去の思い出とクロスオーバーしたりする。そうした「心に残る」CMの再出現を期待したいところだ。




2009年11月24日火曜日

「買う」という行為における目利きとは。。

最近、ちょっと気になっているのが、「商品を買う」という行為そのものについて。


世の中なんでも便利になり、財布の中身は寂しいと言いつつも、モノは豊かな国の日本。

様々なサービスのレベルも、世界的にも恐らく最高水準のレベルだろう。

そうした環境に馴染んでしまった影響か、自分たちが買い物をする際の「商品を見極める力」そのものが、衰え始めているのではないかととも感じることがある。


以前は、野菜や果物を一つを買うにしても、根っこの部分を見たり、色合いを見たりして、「目利き」していた。食べられるか食べられないかを見極めるには、臭いをかいだり、触ってみて試してみたりする。しかし、今では、賞味期限や内容物表示などで判断し、その内容に関して、特段知識を付けず、「上っ面」だけで評価をしているのではなかろうかと危惧したりする。そんな中で、悪徳企業による食品偽装なんかの問題も起きたりする。


ビジネスにおける「買い物」も、同じような懸念を持っている。
特に、「システムの発注」ということに関してだ。

長年、システムの開発などの畑にいると、時々そうした現場に出くわすことがある。

システム開発における問題の多くが、突き詰めると、買い物をする側が、どういうものが欲しいのか、実はよく分かっていないということがあるのだ。

と同時に、どういうものが欲しいのか聞き出せていない、「プロ」としての受注側の問題もある。

システム導入は、多くの場合、自社の既存業務を効率化・合理化するために導入することが多い。その際、既存業務が、実際にはどのような内容で、どういうところに課題があり、どうしなければならないのか、というようなことを明確にしなければならない。

そうした、根本的な部分を蔑にして、「見栄え」「見た目」といった「上っ面」部分にばかりに、時間や労力をかけて、実際に基盤となる部分をおろそかにしてしまうことが多い。

理由は簡単で、「良く分からないから、任せる」と。。

建物を例にするとわかりやすい。

建物は、土地があり、土台や骨組みの基礎があり、間取りが作られ、最後に外装・内装・インテリアと決定していく。それぞれ、ステップがある。

住居用なのか商用なのか、そうした目的を明確にしたうえで、それに合致した土地選定に続く。

そして、全体像を設計し、構造設計から開始し、基礎から構築していく。建物の耐震などは、まさにこの基礎構造に左右される。住宅を購入する際に、こうした基礎構造もしっかりとチェックする必要がある。複雑で専門的な構造設計は、避けては通れない。

話をシステムに戻そう。

システムの発注の際にも、まず、どのような目的かを明確にしなければならない。ここから、よくぶれることが多々あるのだ。

「どのような目的があり、それをどうしたいか」という明確な「ビジョン」、「方向性」、「考え」があれば、システムの知識を持たずとも、きちんとしたシステム会社であれば、大抵、プロとしての解決策をきちんと明示するはずである。

システム開発プロジェクトを、円滑に発注し完了させるためにも、こうした「発注側のビジョン」と、それに対する解決策に対する厳しい「目利き」する目も必要だ。


スーパーや量販店、ディスカウントストアといった、世の中の値引き合戦が激しくなるここ数カ月。
価格ばかりに目を向けるのではなく、自分がその商品を買わなければならない理由を明確にしたうえで、その商品の「質」も、きちんと「自身の目で測れる」物差しを持つべきだと、つくづく思う今日この頃である。

2009年11月23日月曜日

本当に、「ワーキンググループ」になっているのだろうか?!

明日から、政府による事業仕分けの後半戦が始まる。どうなることやら。。

事業仕分けの雰囲気は、インターネットでも中継され、その様子が見ることができる。

行政刷新会議 ワーキンググループライブ中継サイト

テレビ報道は、時間の制約上、記事になりやすいもの、インパクトのあるものなどの編集されたものになってしまうので、じっくり確認したいのならば、こうしたインターネットが非常に国民にとってはありがたい。


ところが、今回のこの事業仕分け、無駄な予算を削減することが目的であり、財務省の予め作られたシナリオが、なんとなく見え隠れしたりと感じてしまう。


というのも、仕訳対象の内容や結果は別として、このワーキンググループの様子を見ていると、まともに「議論」が成り立っているのが、なかなか見受けられない。

「議論」というよりも「尋問」。
やはり、日本人は、「議論」が下手なのか。

そもそも、議論する内容に対して、時間的制限があり、ある意味仕方がないかもしれない。

しかし、時間が無いのは周知の事実。
その割には、「議論」という視点での事前準備が、「仕分けられる側」のほうが非常に甘いように見受けられたのは、私だけだろうか。

恐らく、「お役所」的な視点での事前準備は万端なのだろう。
しかし、「議論」として、その「お題目(=ゴール)」に対しての事前準備が非常に手薄なのではないだろうか。


事前準備が大切なのは、ビジネスにおける会議などでも同じだ。

会議を行うに際して、事前準備は議事進行において非常に重要だ。特に、お互いに立場が異なり、利害関係が相反する際の「交渉会議」などでは、尚更だ。

議題となる内容に関する細かい事項、事実関係、原因や結果、メリット、デメリット、優先度や重要度、合意目標のレベル分けなど、様々なことを想定しておかなければならない。

それには、議論のスタート地点とゴール地点のプロセスを、予めいくつかシミュレーションできる思考力が必要だ。

結果ばかり見る視点でいると、こうしたプロセスの部分を見落としがちになる。


そうもあって、今回の事業仕分けの様子を見ていると、結論ありきの議論の進め方が、プロセス重視の情報の目利きの私にとって、少し違和感を感じたものだ。


さて、明日からの後半戦はどうなることやら。
まぁ、私としては、経済対策のほうが、より気になるところではあるのだが。。。

2009年11月22日日曜日

ゴミ屋敷とオレオレ詐欺に共通するもの。。。

昨晩、ゴミ屋敷問題がテレビで取り上げられていた。

「ゴミ屋敷」という言葉を聞いて、一部の特殊な人の家のイメージをしていたが、どうやら、ごく普通の人の周りでも存在しているらしい。しかも、ごく普通のマンションなどにも。。。


テレビでは、「ゴミ処理屋」なるビジネスも紹介していたが、その顧客リストには、20代や30代の若い世代の顧客も名を連ねているのには驚いた。職業も、一部上場企業やIT関連、看護師など様々。

大量消費時代、モノ余りの時代を象徴しているのか。

このゴミ処理屋の依頼をした人のインタビューでは、「仕事で疲れて無気力」「パソコンの周りだけ場所があれば十分」「誰も家に来ないから良いかな」といったコメントが。

一方、町のボランティアで、こうした「ゴミ屋敷」を減らす取り組みをしている事例も紹介していた。
大阪豊中市の事例。
行政が強制撤去するという良くある施策ではなく、町のボランティアが中心となり、本人が主体となり、近隣とのコミュニケーションを図りながら、ゴミを徐々に減らすというのだ。

多くのゴミ屋敷の住人は、親戚はもちろん、近隣とのコミュニケーションもとらず、自身がひきこもることによって、結果としてゴミをため込んでしまうことになっているらしい。共通しているのが独り暮らしであることが、それを顕著にあらわしているかもしれない。


ここで思い出したのが、世間を騒がしている「オレオレ詐欺」。
これも普段から、親子・家族で密にコミュニケーションが取れられているのであれば、こうしたことは起こらないのではと思ったりする。


通信技術が発展する一方、「人」と「人」とのコミュニケーションが希薄になっているのも事実。
ビジネスにおいても、隣の人とのコミュニケーションも、メールやチャットで行う始末。
これでは、そもそも伝えなければならないことまで伝わらない。特に、読解力や文章力が無ければなおさらだ。特に日本語には、そもそも「曖昧さ」というものが存在し、文脈、行間からそれらを掴まなければならないことが多いのだ。

今、コミュニケーションについて、もう一度見つめなおすタイミングなのかもしれない。

2009年11月21日土曜日

北海道の大自然の中の、とある高校の教育。。

とある、高校をご紹介。
その高校の名は、北海道おといねっぷ美術工芸高等学校。

北海道の上川支庁、音威子府(おといねっぷ)村にその高校がある。
北海道出身の方でなければ場所が分かりにくいので、先に地図をば。



大きな地図で見る


音威子府村は、北海道内でも最も人口の少ない自治体である地方公共団体。そんな人口過疎の村にある高校が、テレビのとある番組で紹介されていた。

北海道おといねっぷ美術工芸高等学校


この高校、もともとは普通科の高等学校。年々、生徒数が減っている問題を打開するために、特色を出すためにも、1984年に美術工芸の専門高校に生まれ変わったのだとか。

現在は、入試の倍率は2.6倍。なんと、全国から北海道のこの高校にわざわざ受験に来ているのだ。遠く、沖縄出身の生徒もいる。そうしたこともあり、この学校に通う生徒は、寮生活を送っている。


さて、テレビで授業の風景が紹介されていた。

とある科目の授業。複数の生徒に対して、教師が3名程度。生徒に対して、きめ細かく指導できる。指導スタイルも、生徒に対して、まず「答え」は教えない。教えるのは、ヒントのみ。

生徒自身で、「まず、考える」ということに重きを置いているのだ。つまり、結果ではなく「自分の頭で考えて回答を導く」というプロセス重視のスタイル。

美術展にも、この高校の生徒も数多く出展し、賞を総なめしている。通常、高校の美術出展作品は、その指導教師の考えや思いが反映された作品が多いところ、おといねっぷ高校の生徒の作品は、個性にあふれて、自由な発想で表現されたものが多いとのこと。

たしかに、素晴らしい作品が多かった。まるで写真のような油絵や、すべて色鉛筆のみで書かれた繊細な画風など、目を見張るものばかり。


このおといねっぷ美術工芸高等学校は、北海道の、本来ならば限界集落と呼ばれるような過疎地に存在している。しかし、そこは、自然環境に恵まれ、芸術表現の素材になるような、生徒の感性を刺激するものがたくさん存在している、素晴らしいところでもある。


ビジネスにおいても、新しい事業や商品を育むための自由な発想やイノベーションは、こうした環境とともに、常日頃から「自分で考える」という習慣が大切なのかもしれない。

受験一辺倒の「詰込み型」教育カリキュラムも必要なのかもしれないが、「自ら考え、プロセスを大切にする実践的な教育」というものも、大切にしたいところだ。


最後に豆知識。
この音威子府村。「北海道」の語源「カイドー」という言葉が生まれた地でもあるのだとか。テレビでは紹介していなかったが。。。

2009年11月20日金曜日

ボジョレー・ヌーボー解禁とワインが持つ品格。。。

ボジョレー・ヌーボーが、昨日より解禁となった、今年の出来は・・・?

さて、ボジョレー・ヌーボーを、改めて定義をすると、フランスのブルゴーニュ地方の南部、ボジョレーで生産されたワインのうち、その年に収穫されたブドウ(ガメ種というらしい)で作られた新種の赤ワイン。本来は、その年のブドウの出来具合を確認するものだとか。

毎年、その国の11月の第3木曜日の午前0時から販売が解禁される。

今年は、景気低迷のなかでの消費も落ち込み、そうしたなかで大手スーパー等では、1000円を切るような低価格商品も扱われている。そんな中に、ペットボトルタイプが販売されている。通常のビンに比べて、空輸コストや商品価格が抑えられるメリットがある。

そんなペットボトルワイン。

フランスの生産地の代表者が反対し、波紋を呼んでいる。理由は、伝統や品質保持を問題として反対しているのだ。

メーカー側は、ペットボトルも特別な特許を取っているもので、紫外線加工されているなど、品質をアピールしている。また、軽量なため輸送コストも減らせ、CO2削減にも繋げられるとのこと。


フランスは、伝統と文化を重んじる国。

確かにペットボトルワインは、価格を抑えられ、ワインをより手軽に身近に感じてもらいたいというメーカーの意向も理解できる。

しかし、ワインそのものが持つ歴史や文化、それを感じさせる手に持った時の独特のビンの重み。これは、ペットボトルワインでは恐らく表現出来ないだろう。

生産地の代表者の主張は、恐らく、機械的に無機質に守られている「品質」というよりも、歴史や文化に支えられた有機的な「品格」というものを守りたいということだったのだろう。


ところで、少し前に、「日本人の品格」という書籍が発刊され、その後も「○○の品格」という書籍が数多く出版された。


技術の発展に伴い、効率化・合理化される中でも、機械により数値的な「品質」を維持することは可能だ。しかし、機械で「品格」を維持することは出来ない。あくまでも、「人」だ。

この「品格」という言葉。日本人の心の中に普通にあったものが、最近はどこかに忘れてしまっているのではなかろうか。だからこそ、こうした書籍がブームになったのだろう。

ビジネスにおいても、温もりがある血の通った「品格」を兼ね備えた仕事っぷりを、大切にしたいものだ。

今回のフランスの生産者の代表の言葉で、そんなことを感じたのだった。


2009年11月19日木曜日

女性バリスタ ペネロペ・クルスの温かい微笑み。。。

今日も、関東地方は10℃前後と非常に寒かった。

そんな寒いこの季節に、ちょっと身体を温めるのにはちょうど良いのがHOT缶コーヒー。
缶コーヒーとともに、温かいまなざしでこちらに微笑むペネロペ・クルス。




こちらは、JR山手線渋谷駅外回り新宿方面ホームの先端の今日の風景。
壁一面のペネロペ・クルスが微笑む、ネスカフェの壁面広告。その脇には、ネスカフェブランドのラッピングがされた自動販売機。ここでは、「NESCAFE VENDING SQUARE」として、ホーム先端をジャックした形でブランディング展開が行われている。



今日のような、雨模様の肌寒いときには、どうしても温かい缶コーヒーに目が行ってしまう。

ところで、広告効果というものが、従来に比べて低下しているといわれる昨今ではあるが、そもそも、「広告効果はどこまでを範疇とするべきか議論すべきでは?」と個人的に思っている。

原点に立ち返って、駅構内の屋外広告などは「露出して、まず覚えてもらう」というのが、大前提の目的だろう。であれば、クリエイティヴも、如何に情報量を精査し、シンプルにメッセージを伝えるべきだと私はいつも思っている。

そういう視点で見ると、おおむね、外資系企業の屋外広告は、情報が整理されてシンプルなクリエイティヴで、メッセージ性が高いものが多い。

本来、屋外広告始め交通広告などOOH(Out of House)広告と呼ばれる類のもののクリエイティヴは、伝えたい情報を精査し、メッセージは絞り込むべきだ。

多くの日本のOOHは、表現されるクリエイティヴ内の情報量が非常に多すぎる。これでは、受け手も目を向けてもらえるどころか、無関心にさえなってしまうだろう。

どのようなターゲットに、どういう場所で、どういうタイミングで、何を伝えたいのか。
そう考えると、シンプルなものになるはずだ。

あくまでも、「広告」とは、「広く告げる」ことが目的であり、「広く売る」ことではない。
「広く告げ」覚えてもらうためには、一度に多くの情報を発信することは、かえって効果が薄まってしまうはずである。

長く同じメッセージを露出し情報発信し続けてこそ、「広く告げた結果、頭に刷り込まれ」て、覚えてもらえるのだ。

今日のような、寒い日に、「あの広告の缶コーヒー、ちょっと飲みたいな」と思ってもらえたのなら、それこそ期待通り。渋谷駅のように、その場に販売接点である自動販売機があるのなら、しめたもの。

消費が冷え込んでいる今だからこそ、情報発信のシナリオの設計を、包括的に見直すべきなのかもしれない。

温かい缶コーヒーを片手に、そう思ったのだった。

2009年11月18日水曜日

エスカレーターより、楽しく上り下りする方法

さて、昨日に引き続き、動画ネタで。



こちらは、スウェーデンのストックホルム Odenplan駅の風景。

いつもは、ほとんどの人が階段を利用せず、エスカレーターを利用して上り下り。

ところが、階段をピアノの鍵盤にすると、66%以上の人が階段を利用するようになったとか。

床にあるピアノの鍵盤というと、個人的にトム・ハンクスが主演した映画「Big」のワンシーンを思い出す。主演のトム・ハンクスがピアノの鍵盤を飛び跳ねながら演奏する、おもちゃ屋のワンシーン。実際に、アメリカのサンフランシスコのおもちゃ屋「 FAO Swartz toy store 」には、床にピアノ鍵盤がある。私自身、言わずもがな、演奏してみたことがある。

さて、エスカレーターの話に戻そう。

昨日のBlogにも書いたが、「楽しそう」という衝動がエスカレーターに乗ろうということよりも増すことにより、階段の利用を促しているのだ。

昨日と今日と紹介しているこの動画は、実は、フォルクスワーゲン社がスポンサーの「The Funtheoly.com」というサイトで紹介されている。

Volkswagen The Funtheoly.com

身の回りの行動や、環境、ちょっとしたことを、よりよい方法、より面白い方法で良くしていこうという趣旨で、ユーザーからアイデアを募集しているサイトである。

情報の目利き的にも、社会に何か訴えかけ、行動を喚起させることを目的とした場合の効果を高める一つの考え方だ。

お時間のあるときにでも、ご覧あれ。。

2009年11月17日火曜日

世界一、底が深~~~いゴミ箱があったら。。

まずは、こちらの動画から。。。




もし、世界一、底が深~いこんなゴミ箱があったら、あなたならどうする??

恐らく、とにかく捨てられるものを探し、興味本位でゴミを捨てるのでは?


さて、こちらのゴミ箱、なんと一日で72キロのゴミを集めたのだとか。
これは、近くのゴミ箱に比べて、42キロも多く集めたらしい。


「ゴミをゴミ箱に捨てる」というマナーを守るというのは、当然のことであるが、なかなか守れない人もいるのは事実。多くの人が、悪意があるのではなく、単に面倒だというのが本音だろう。

面倒なことを実行させるためには、人に行動喚起をさせる何らかのことを行わなければならない。

そこで、人に行動を喚起させる場合、「喚起させる」ための情報を、まず伝える。
それは、「依頼」や「お願い」という回りくどく伝えるか、「指示」「命令」といった「棘(トゲ)のある」直接的な方法にならざるを得ない。

しかし、「やらねばならない」「やらされる」から「やってみたい」というモチベーションを変化させる方法もあるのだ。つまり、「驚き」「興味」を喚起させるという視点に変換してしまうのだ。

「ゴミを捨てる」という面倒な行為以上に、「何かゴミを捨てたくなる」面白さが、そもそも面倒なことを消し去ってしまうのだ。

なかなか、ルールの守れない人に対しても、「ゴミ箱へ捨てるのが面倒だ」ということ以上に何かそそられるモチベーションが喚起させられれば、そもそも面倒だという感情も払拭してしまう。
つまり、「やらされる」から、「やってみよう」という感情に変化してしまう。

コミュニケーション自身、相手への伝え方一つで、結果がゴロっと変わることが多々ある。

情報伝達や、マネジメントにおける行動喚起の時にも、コミュニケーションにおける工夫ひとつで、全てが円滑になるヒントが隠されているのかもしれない。

2009年11月16日月曜日

情報とは、「情けに報いる」と書く。。。

東京上野の谷中にある、旅館「澤の屋」がテレビで取り上げられていた。

なんとこの旅館、この不景気のなかで稼働率100%で多くの外国人が宿泊しているらしい。

旅館「澤の屋」

規模も大きくない、家族経営のこの旅館であるが、80カ国、のべ7万5千人を超える外国人が宿泊しているとのことだから驚きだ。

さて、この旅館のご主人である、澤功(さわいさお)氏は、「下町の外国人もてなしカリスマ」として、観光カリスマとしても選ばれている人物。

国土交通省 観光カリスマ


観光カリスマという言葉があることも初めて知ったが、そう呼ばれる所以たるお客様へのおもてなしも素晴らしい。

スイスから観光で来日している家族が、朝食で水族館のことを話していたら、どこの水族館がよくって、今日はどんなショーがあるとかを、詳細に調べて教えてあげたりする。まさに、お客様が欲しい情報の目利きだったりする。
また、日本語がわからないお客様へは、日本語の手書きメモを書いて渡したり、至れり尽くせりだ。

更に、こうした「お客様へのおもてなし」も、ご主人により、きちんと記録を取られているのだ。「どこで柔道着が買える」とか、「どこの店が安い」とかがわかるパンフレット、メモ書きから領収書に至るまで、そうした木目細かい情報がファイリングされている。電話帳数冊分の厚さにもなっているからすごい。これこそ、この旅館のおもてなしナレッジの集大成だ。

外国人客の声も、「いくつもの旅館やホテルを調べたが、ここが最高だ」とか。

困っているお客様の問題を解決してあげたいという「おもてなしの心」が、この旅館のサービスのナレッジを蓄積し、結果として100%稼働率という成果に導いているのだろう。

テレビでは、コメンテーターが「情緒、情報、人情の三拍子が上手く揃っている」とコメントしていた。

確かに「情報」という言葉は、「情けに報いる」と書く。
情報の発信者、受信者ともに、相手を思いやる温かい心があってこそ、それぞれが報われるのだろう。

「情報化社会」というのは、単に通信・電算技術が発展した社会ということではなく、それを使用する人間自身も「お互いを思いやる心」があってこそが、本来の姿なのだろう。

2009年11月15日日曜日

2009 新語・流行語大賞ノミネート発表される。

11月も半ばになると、年末恒例の話題がそろそろ出始める。

今年も、恒例の流行語大賞のノミネートキーワードが発表された。

ユーキャン 2009新語・流行語大賞 ノミネート60ワード

今年の60個のキーワードの中からトップ10が、12月1日夜に決定する。


さて、この60個のノミネートキーワード、情報の目利き的に、インターネットでどれくらいの検索件数がヒットするのかを調べてみると、下のようになったのだ。




こうしてみてみると、ノミネートにヒットするキーワード60個のうちのヒット件数の開きにもかなりの差がある。

私が、今年のノミネートキーワードを知ったときに、「えっ、これが今年の新語・流行語?」と驚いたものがいくつかある。それらの検索のヒット数を見てみると、やはりそれほどの件数が無い。

今度は、Google Insight Search を利用して、検索対象件数ではなく、人気度の高いものを調べてみると、比較的高い結果を出したのは、こちらだった。



時間軸でのトレンドがわかるだろう。

ノミネートリストを詳細に見ると、芸能系のキーワードも、かなり「押し込んだ」感があるかと思う。

ここにノミネートされた芸能人は、その後、目にすることが少なくなるというジンクスもあるらしい。まぁ、情報の目利き的な見方をすると、インパクトのある言葉により、最初は目立ち、話題性が出るけれども、所謂「Buzzword(バズワード)」同じく、時を経て、忘れられてしまうのだ。

キーワードとして、時代のトレンドとして取りざたされるのは良いが、長続きするか否かは、そのキーワードそのものが持つ、中身や質であることは、言うまでもない。

2009年11月14日土曜日

「不安」「恐怖」を、科学する?!

突然だが、まずは、こちらのムービーをば。。



では、少し引いて眺めてみるとこのような感じ。





こちらは、とある国の遊園地にある、絶叫コースター。
デンマークのストックホルム市街からほど近い所にあるTivoli Gröna Lund(グローナルンド遊園地)のアトラクション「Insane Ride」。

こちらのアトラクション、2009年4月からの新しい絶叫アトラクションなのだとか。
この「Insane(インセイン)」という名前、意味も「狂気」とか、「正気じゃない」という意味らしい。

日本のメディアでも、世界の絶叫系アトラクションとして紹介されている。

さて、このアトラクション、従来のジェットコースターよりスピードが出ないが、非常に怖いのだとか。
ムービーを見てもわかるとおり、座席が今までにない構造となっている。


座席自身の横軸を中心に、自由に回転運動する。前後の座席のバランスの違い、もちろん同席している人の体重の違いによって、その回転が変化するのである。

つまり、その場その場の状況によって動きが変わり、先が読めないのだ。

人間は、先が読めないと不安に陥る。その心理的効果を狙ったものだ。

情報の目利き的に、これを裏返して考えるてみると、物事に対するきちんと先が明確になっていれば、人間は安心する。

組織においてビジョンを示すこと、プロジェクトマネジメントやディレクション業務でゴールを明確にすること、業務における報告で結論を先に述べること。こうした「先のこと」「方向性」を示すことが、コミュニケーションで心理的に重要であることが、自ずとわかるのではないだろうか。

2009年11月13日金曜日

日本の良さとは、強さとは…

今日午後、アメリカのオバマ大統領が来日。都内は、数日前から厳戒態勢で、至る所に、警察官が警備にあたり、物々しい。夜から、日米首脳会談。これからの日米関係はどうなるのだろう??

さて、別にそれに合わせたわけではないが、本ブログのブログパーツを少しいじってみた。
赤い日の丸とハートのマークの「We Love Japan」のブログパーツ。
登録順も99番目。

この「We Love Japan」ブログパーツ、日本が好きな人が集まって、日本が好きな人が増えていくというようなサービスを目指しているとのこと。

昨今、いろんな場面で、欧米志向が強まり、日本の良い所がどんどん薄れつつあるのではないかなと思ったりしている。そんな中、少しでも、日本の良いモノを広く伝えられられればと、何かしら役立て出来ればと、このブログパーツを付けてみた次第だ。

実は私、学生時代に短期留学で渡米した際、それまで、自分自身が、日本から海外ばかりしか見ていなかったことを気付かされた。そこで初めて、海外から日本を客観的に見てみるというきっかけを持つ機会があった。その時に、あまりにも自分たちの日本のことを知らないことを痛感した。

最近になって、今更ながら、更に日本のことを学んだりしている今日この頃だ。

ビジネスの世界でも、「市場原理主義」「成果主義」などに代表されるアメリカ的な手法やロジックが普及していた中、日本が元来持っていた「良さ」というものが、ここ数年、見直しされている。

そのひとつに、欧米中心の「資本主義」的経営から、日本が高度経済成長に培われてきた「人本主義」的な経営を、もう一度見直そうという動きがある。

終身雇用が崩れ、人材の流動化が激しくなり、企業が保有してきた属人的なノウハウや知識などの、無形資産も一緒に流出してしまい、企業が疲弊してしまっているのだという。つまり、企業が蓄積した技術伝承、技能承継が出来なくなってしまうのだ。

特に、IT業界は、企業自身が脆弱であるが故、人材の流動も激しいように見受けられる。不景気に起因するリストラ等の人材流動ではなく、社員が自発的にキャリアアップするための流動が起きているのだ。そのため、いつまでたっても組織にはノウハウや知識は蓄積せず、自ずと企業の成長も鈍化する。そうした脆弱な体質に、追い打ちをかけるかたちで不況が襲う。


現在の先行きが不透明な時代だからこそ、企業における無形資産、知的資産を上手く活用した組織力の高い経営というものが、今求められているのだ。

2009年11月12日木曜日

1988年以前生まれの人は、感染要注意?!

突然、ショッキングなタイトル。

こちらは、何を言っているのかというと、肝炎ウィルスの感染についての話。
1988年というとソウルオリンピック開催の年、昭和63年。昭和64年が数日だったので、1988年以前に生まれたということは、つまり、明治、大正、昭和生まれの人たちについての話になる。

現在、隠れ肝臓病が100万人いるとのこと。ショッキングなニュースだ。
肝硬変の7割がウィルスが原因。肝臓がんの9割がウィルスが原因なのだとか。
1988年までは、予防注射などの注射器が使い回しされていたので、肝炎のウィルスの感染の可能性があるとのこと。これは、本日、テレビ朝日系列の情報番組で放映されていた。

さて、このショッキングなニュースで、気にしてしまうのが、健康診断における肝臓に関する血液検査の結果数値。

「γ-GTP」、「GOT」、「GPT」などの数値があるが、皆さんもご存じだろう。
健康診断の度に、結果数値に一喜一憂する。

ところで、その結果数値の横に、ある数値が書いているかと思われる。「基準値」と表記されているもの。

実はこの「基準値」は、「正常値」とは厳密には異なるのだという。
つまり、病院によって基準値の値が異なり、レンジがあるのだという。つまり、「○○~○○」というのは、病院によってその基準値が異なるというのだ。したがって、基準値が高い病院での診察で、健康と思われても、基準値の低い病院では、危険と診断されることもあるのだ。


さて、ビジネスにおいても、マーケティング分析、業務分析、さらに経営分析を行う際、数字を使った分析を必ず行う。最近では、「ビジネスインテリジェンス(BI)」という視点での数値分析結果を可視化するソフトウェアなど、多数販売されている。
こうした、便利なソフトウェが出回って、効率化よく分析でき、ビジネスの現状が可視化されるのは、非常に良いことだが、一方でその評価対象の基準の捉え方を間違えると、とんでもない結果を導くことになるのだ。

今回の健康診断においても、結果数値の比較対象として、「基準値」「標準値」「正常値」と様々な言葉が用いられる。

それぞれの比較対象が、何を表しているのかを、適切に理解しないと、間違った結果を導くことになる。

数値情報を、適切に分析するためには、比較対象の基準そのものが、どういう特性を持ち、どのように導き出されたのか、きちんと理解したうえで利用することが大切である。

2009年11月11日水曜日

無形の情報に価格を付けると、お幾らですか?

昨晩、2年7か月前に発生した事件で逃亡していた容疑者が大阪で発見され、東京・千葉へ護送されるという大きなニュースが駆け巡った。深夜1時を回る時間帯にもかかわらず、自宅上空ではヘリコプターが何基も雨の中を飛び回るという、なんとも騒々しい夜だった。

また、都内では、号外も配布。しかも、俳優森重久弥氏の訃報も重なり、両面印刷の異例の号外となっていたらしい。

さて、今回の逮捕劇、そのきっかけとなったのは、一般市民からの警察への通報とのこと。

今回の事件では、解決に繋がった有益な通報には1000万円の懸賞金が出るのだ。

これは、捜査特別報奨金制度といって、警察庁が2007年4月1日から設けられた、懸賞広告制度である。一般には公的懸賞金制度とも言われている。

今回のような警察庁が指定した事件で、容疑者確保に直結する有力な情報を提供した人には、民法第529条及び第532条の規定に従って懸賞金が支払われる。その懸賞金は、100万円から最高額で1000万円。今回の提示額は、その最高額なのだ。それだけ、重要犯罪事件なのだろう。

2007年4月から運用されたこの制度、適用対象事件は十数件かあるらしいが、今までは支払われたことは、今のところ無いのだという。

ところで、今回の有力な情報を提供した懸賞金支払い対象者として、報道されているように何名かの候補者が上がっている。

事件解決に有益だとおいう「情報の価値」に対して、「対価」としてきちんと支払うことを明示しているこの制度。

情報の目利きとして注目したいのは、これらの候補者に対して、どのような理由でどれくらいの割合が支払われるのかというところ。「情報」という無形のものを、どのように価値付けを行い、具体的な金額として評価するのか、興味津津である。

2009年11月10日火曜日

雅(みやび)な、"お”飲み物。

新しいモノ好きな私、冷蔵庫で冷やしておいた「雅(みやび)な、”お”飲み物」を、秋の夜長に嗜んでみる。




この、「雅な”お”飲み物」は、先日新発売となったサントリー食品の新商品「PEPSI あずき」だ。
パッケージも、小豆を意識した「えんじ色」。着物のような背景デザインにゴールドのロゴで、「雅な和テイスト」を表現している。

さて、お味は。。
ほんのりと小豆の味がするという感じ。嫌みはなく、飲みやすい。
もちろん、成分に小豆が入っているわけではなく、小豆フレーバーなのだが。





ところで、PEPSI は、2007年から季節限定商品として、「PEPSI キュウーカンバー(きゅうり)」「PEPSI ブルーハワイ」「PEPSI しそ」などの限定商品を発売してきた。

これら、「きゅうり」、「しそ」に続き、「小豆」というように、コーラと一緒に連想をしようと思っても、想像すらできないモノとの異色の組み合わせ。この異色のモノ同士の組み合わせが、逆に、話題性を呼び、期間限定商品として投下されているのだ。


ここで、情報の目利き的に「発想」という側面から考えてみると、、。

新しいモノ、コトを考えるにあたり、世の中には様々な手法が存在している。その中で、「全く異なるものを、組み合わせて考えてみる」という手法がある。

PEPSI の新商品の考え方も、この「組み合わせ」の思考法だ。

昨今では、商品・サービスも多種多様で豊かになり、なかなかイノベーティヴな商品がお目見えしない時代ではあるものの、発見した新商品を手に取った折、どのような企画背景のもと、市場にお目見えしたのか、想像してみるのも面白いかもしれない。

2009年11月9日月曜日

大都会の駅で戸惑う、老夫婦。。

今日の仕事途中でのひとコマ。

JR東京駅で、新宿方面に行くために中央線に乗り換え。

中央線は東京駅が始発なので、発車ベルがなるまで電車に乗りしばし待つことに。

すると、目の前に老夫婦が乗り込んでくる。しかし、何やら騒ぎながら。。。。

じっくり聞くと、こんなことを話している。
「この車両は、女性専用車じゃ。乗れんぞ!」と、ご主人。
「えっ、そうなのかしら。男の人も居るわよ。」と、奥さん。

そう、私が乗っていたのは、女性専用車。しかし、それは、通勤時間帯のみのお話。私が乗っていたのは、お昼を過ぎた、13時ごろ。

このご夫婦は、通勤時間帯のみが女性専用だとは、なかなか気付かない。
それもそのはず、女性専用車であることのステッカーには、通勤時間帯にそうなることは記載されているものの、その文字は非常に小さく、読みづらい。ぱっと見た際には、分からないのだ。(下の写真は、新宿駅。ちなみに東京駅には、この表示はない。)




ステッカーを見れば、「女性専用」という言葉と、「女性的(フェミニン)」なデザインで、それらしいメッセージがあることはわかる。
しかし、肝心の「時間帯」は、メッセージとして訴求力が弱いのだ。

日ごろ通勤慣れしていない老夫婦にとっては、時間帯によってサービスが異なるなど、知る由もない。

情報の目利き的な視点で捉えると、情報の受け手に対して、「どういうシチュエーションで、何を伝え、どうしてもらいたいのか」ということを、まず、じっくり考える必要がある。今一度、情報伝達の際のシナリオ設計とペルソナ設計を俯瞰してみると、改善する必要のある部分が、色々と出てくるだろう。

必ずしも、このステッカーを見るのは、この老夫婦のように、通勤客とは限らない。また、ラッシュアワーとは限らないのだから。

伝えなくてはいけない情報、伝えなくてもよい情報。

「時」と「場所」と、そして「伝える相手」をしっかり考える必要があるのだ。

2009年11月8日日曜日

音楽から、マネジメントのヒントを探す

今日は、日曜日とあって近くに買い物に出かけた際、駅前広場で、地元の吹奏楽団のコンサートがあった。

「ハリウッド万歳」、「崖の上のポニョ」、「ディズニーメロディー」、「星条旗よ永遠なれ」など、お馴染みのメロディーが演奏された。


もともと、私自身も学生時代に吹奏楽をやっていたこともあり、吹奏楽や交響楽というものが好きだ、というよりも、複数の楽器が奏でる音楽を好むと表現したほうが、正しいかもしれない。

一つ一つの楽器の音色が、その特色を活かし、一つの作品を作り上げる。
多くの人が携わり、一つのものが出来上がるというところに、非常に興味を持つだけでなく、感銘を受けたりもする。

吹奏楽やオーケストラなどは、主旋律、副旋律、伴奏と、それぞれのパート(楽器)が、それぞれの役割を分担しながら、指揮者の指示のもと、一つの楽曲に仕上げていく。これらは、チームでのプロジェクト推進に非常に似ている。


プロジェクトを推進をするうえで、こうしたのようなオーケストラのようなマネジメント以外にも、ジャズのセッションのような、ある程度自由なコラボレーションスタイルのような考え方もある。

前者のオーケストラスタイルは、個々の役割分担を明確にし、「楽譜」という決められたタスクを、ルール通りに進めるイメージ。後者ジャズスタイルは、役割とゴールは明確だが、各々の持ち味を自由に出しながら、最高のパフォーマンスを発揮しながらプロジェクトを仕上げるというイメージ。

最近のIT系のベンチャー企業は、どうやらジャズスタイルを好んでいるようにも見える。

前者も後者も、どちらが良くて、どちらが悪いというものではない。
プロジェクトの内容にあわせて、その場に応じたスタイルをセレクトすべきだ。

しかし、コミュニケーションの高いスキルが求められるのは、後者かもしれない。前者は、指揮者がしっかりしていて、演奏者は楽譜がきちんと読め、演奏できるスキルがあれば良いのだから。

一方、両者に共通するのは、各々のポジショニングが、自身が明確に認識していること。
つまり、役割分担。

音楽を趣味で聞きながらも、こうしたビジネスのヒントになることが、まだまだあるのかもしれない。

2009年11月7日土曜日

週末、「目利き」談義

昨晩、古くからの仕事仲間と飯田橋で久々に会食。

酒を交わしながら、お互い近況報告。

そして、「これからの時代は、目利きがキーワードだ」、、と、「目利き」談義に。

あらゆるもの、あらゆる場面にて、そのものの真贋、良否をきちんと見極める能力が必要という話に。

最近の世相全体が、なんとなく薄っぺらだ。情報は、巷に溢れかえり、物事の奥深くまで考えず、表面的な事象だけで、物事の是非を判断してしまう。会社での事業推進においても、数値評価のみの間違った成果主義が蔓延し、企業本来の思想は蔑にされている。元来、大切にされてきた「仕事上のプロセス」ということに対しても、大事にしない。大事にしないがため、そのプロセスの中から発見される、新たなイノベーションも生まれない。

今の世の中、抜本的なところを変えていかないと危ないのではないかと、最後は「日本の教育のあり方」談義に。

と、延々、4時間強。。


さて、そもそも、目利きとは、

器物・刀剣・書画などの真偽・良否について鑑定すること。また、その能力があることや、その能力を備えた人。人の才能・性格などを見分けることにもいう。(小学館「大辞泉」)。

とされ、英語でも、「judgment」「estimation」(新和英中辞典第4版(研究社))と訳される。

つまり、きちんとした知識経験をもとに、適切に判断できる能力が必要なのだ。

我々の周囲のビジネスから政治の世界といったレベルでも、「ビジョンの欠如」「意思決定の弱さ」といったキーワードが飛び交っていることが目につく。
こうしたキーワードも、違う視点で考えると、「目利き」という視点が重要だということが、如実に表れているのかもしれない。

「先人の知恵を、後世に残すお手伝いをしたい」というのが、そもそも、今回、私がアーキレッジ株式会社という新しい会社を興したきっかけの一つだ。社名やロゴにも、そうした意味を込めている。


いつまでも社会のお役に立てられる組織でありたい。。。色々と思いを巡らせる、一日だった。

2009年11月6日金曜日

インタラクティヴな次世代案内表示

さて、今日、情報の目利きがJR東京駅で見つけた案内表示をご紹介。




これは、JR東京駅の八重洲北口改札口付近にある、付近を案内するインタラクティヴな案内表示。

従来の駅案内は、文字情報や地図で表示される一方通行の情報発信。
表示される情報も、物理的に制限される。

しかし、写真は、タッチ式のインターフェース。必要な情報をインタラクティヴに抽出することができ、更に階層的に情報を持つことができるので、従来の駅案内表示として、膨大な量の情報を扱えるようになる。

更に、こちらの駅案内版、英語版、中国語版、韓国語版と多言語にも対応できるため、外国人にも便利に使えるのだ。

ご覧頂くとわかるように、表示そのものも、文字サイズも判読しやすいサイズが採用されていて、ユニバーサルな対応にもなっている。

ところで、先日Windows7が発売となった。こちらの大きな目玉は、タッチ画面。

タッチ画面は、以前から銀行のATMに代表されているように、携帯電話など各種デバイスにて先行して導入されているが、パソコンにて一般的に普及することにより、今後、より多くの場面で接する機会が増えるだろう。

しかし、このタッチ画面であるが、画面がフラットであることから、タッチしたユーザーアクションの結果が、どうだったのか、実は直感的には体感しにくいものだ。それを、補完する機能として、ATMでは音声ガイダンス等で補完している。この音声ガイダンス、実はご高齢の方には、実は非常に聞き取りにくいのだ。実際、私が、高齢者体験をした際に、それを痛感した。


今後、情報を伝達するインターフェースを設計する際には、五感を考慮しつつ、ユニバーサルな視点で考えることも、大事なのだろう。

2009年11月5日木曜日

とことん、食を楽しんでもらう‼

突然だが、回転寿司の話題。


私も、時々回転寿司店に訪れるが、こちらの市場は、ほぼ大手3チェーンで占められているらしい。その大手チェーンの3番目、「くら寿司」の話題。テレビで紹介していたので触れてみる。

この「くら寿司」チェーンの社長は、アイデアマンで有名だ。

くら寿司のWEBサイト

会社のスローガンとして、「Food Revolution」を提言し、「食の戦前回帰」、「安心・安全」、そして「楽しさ」を追求することに専念されている。

特に、「楽しさ」を追求することで、現在、特許50件、商標登録99件なんだとか。

具体的な取り組みも、例えば、「皿カウンター水回収システム」というものがある。
これは、テーブルで食べ終わった寿司皿が、カウンター横からそのまま集められ、調理場まで水の流れによって回収されるというもの。同時にカウントされるという仕組み。

これは、ファミリーレストランでは、食べ終わった食器は、適度なタイミングで回収されるのに対して、回転寿司のカウンターでは、回収されず、不衛生ではないか、というのが発想の発端らしい。

この回収する仕組みが、カウンター横の回収穴に、皿を放り込むわけだが、これが子供にとって「楽しい」という意見があり、次に、「びっくらポン」というシステムが生まれたとか。

この「びっくらポン」というのは、このカウンター横の回収穴の上部に、あの「ガチャガチャ」が乗ったようなもの。皿を5枚回収するごとに、「ガチャガチャ」のゲームが出来るという仕組み。
「ガチャガチャ」の中身は、子供たちが喜ぶキャラクターアイテムが入っている。

くら寿司のアイデア事例

最近は、このキャラクターも、ずいぶんと人気を呼んでいるらしい。

くら寿司のキャラクターサイト「回転むてん丸」

こちらのキャラクターは、社員(元は店長を目指していた)が描いているのだとか。


さて、この不況下で売上をあげ邁進しているくら寿司の取り組みであるが、様々な発想に共通して言えるのが、「現場起点」「お客様視点」であるということ。

お客様に安心して、そして楽しんで頂ける、そして現場で拾い上げた「素朴な疑問」から、田中社長は、様々なアイデアを創出されておられるのではなかろうか。


この不況下でも元気のある企業の共通点は、どうやら、こうした所に存在しているような気がする。

2009年11月4日水曜日

広がるか、スマートフォン!!

今日、長年の仕事上の知人と、久々にお会いする約束をやりとりしていた時のこと。

携帯メールで、何度かのやり取りの後、「では、当日は、iPhone自慢でも…」との一文。

てっきり、私がiPhoneユーザーなので、私のiPhoneを見せてもらいたいと言っているのかと思ったら、当の本人が私への話のネタにと考えていたらしい。
確かに、私が持っていることを相手には伝えていなかったので、相手も知らないはず。

結局、「iPhoneユーザー会」として、久々の顔合わせと、近々なることとなった。


さて、こうして、仕事の周りでも徐々に、iPhoneユーザーが増えているようだ。

先日のソフトバンク社の決算発表でもそれらを裏付けるように、数値として表れ、同社の利益を押し上げた結果になっている。


■ソフトバンク 2010年3月期 第二四半期決算 プレゼンテーション資料(PDFファイル)

ソフトバンク社の孫社長によると、予想以上の前年比数百パーセントの伸びらしい。

このiPhoneに代表されるスマートフォンであるが、NTTdocomoも新機種の投入が行われている。
今年の夏も、いくつか話題の機種が発売されているが、更に来年にかけても、こうした動きがきになるものだ。

そもそも、スマートフォンとは、従来の日本の多機能の端末に対して、PDA的機能が付加されたものを指して言われているが、欧米のほうが先行して一般的に普及している。

日本国内では、iPhoneの発売前にもウィルコム社のW-ZERO3の発売から、徐々に注目の兆しが出ていた。

iPhoneにしてもGoogle携帯にしても、ビジネスでの利用方法での展開が注目したいところだ。
自分自身、iPhoneを利用しているが、Gmail、カレンダー、マップなど、Google機能との連動性が高く、非常に使いやすい。また、各種アプリも、手軽で使いやすいものも、続々登場している。

ビジネスコミュニケーションの一つのツールとして、まだまだ、変化し続けるのだろう。

2009年11月3日火曜日

Googleは、何を変えてくれる!?

こちらは、とある駅でのビルボードメッセージ。。。




“Day 13: この広告が始まって13日目。
何も変えない部長を、私は変えたい。
あぁGoogleにしたい。”

このメッセージは、日替わりで内容が変わる、Google社の「Google Apps」のサービスのプロモーション。JR品川駅にて現在展開しているものだ。


 # ちょっと今日は、宣伝モードでスミマセン。

実は、アーキレッジ株式会社では、「Google Apps」サービスの利用を各社様に積極的に推進している。

この「Google Apps」サービスは、これからの将来性を期待されているクラウドサービスであるが、導入費用が廉価であるだけでなく、汎用性が高いところも注目したいところだ。

特に、企業のナレッジマネジメントを啓蒙しようとしている我々にとっては、面白いツールである。

従来のナレッジマネジメントに関するソフトウェアは、グループウェアに代表されるように、単に、サーバーにドキュメント類を、統制して管理するに留まったものがほとんどだ。

これに対して、「Google Apps」は、ドキュメント管理はもちろん、Office製品を利用することなく、WEBライクにオンラインでドキュメントを作成でき、バージョン管理まで出来るのだ。

また、一方で、これら素材を、WEBサイトのコンテンツとして連動して利用できるなど、汎用性が非常に高い。

運用を工夫することにより、ちょっとした、データウェアハウス等の簡易版BI(ビジネスインテリジェンス)ツールとしても利用できると思われる。

セキュリティは、世界最高水準の監査を受けている。
権限管理は、もちろん搭載。


将来的にも期待できるツール「Google Apps」、暫くは目が離せない。。


★★★★(PR) ここで、ちょっとお知らせ★★★★
アーキレッジ株式会社では、GoogleAppsの導入のお手伝いをしています。
ご興味のある方は、是非お問い合わせください。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


2009年11月2日月曜日

業界スタンダード、決まる。

このブログをご覧になっている方々も、「アクセスログ」の分析をされている方も多くおられるだろう。

先日、アクセス解析の人的交流と効果的な活用を広める協議会「アクセス解析イニシアチブ」というところが、「アクセス解析の集計と用語定義ガイドライン(第1版)というものを発表した。

アクセス解析イニシアチブ(a2i)
「アクセス解析の集計と用語定義ガイドライン」を発表~アクセス解析の標準化推進を目指して~」


私にすると、「ようやく決まったのですね」という感じ。

このガイドラインの作成の目的は、用語や用語の定義、集計方法の定義などを統一することで、国内でのアクセス解析を多くの人が共通の認識のもとで行える環境作りとしている。

今回の発表は、「ページビュー」「訪問(のべ訪問者数)」「ユニーク訪問者」「ページ滞在期間」の4つと、「データ収集方法の明示」に関するもの。


この中の、「ページビュー」と「ユニーク訪問者数」について、私自身、過去に当惑したことが多々あった。

10年近く前の話になるが、この前述の2つのキーワード。定義が明確でなく、「セッション」「ヒット」「トップのページビュー」「全体のページビュー」といったものの認識が、クライアント様や周囲のメディア媒体の担当者、プロダクション企業などの間でバラバラのため、どれが正しい数値を表しているのか、混乱することが多々あった。

インターネットは、従来のマスメディアと比較して、結果数値が測定できるツールとして認識されている。
しかし、こうした「指標」そのものの基準がばらばらでは、その意義そのものが体をなさない。

アクセスログだけでなく、企業活動において蓄積した各種「データ」という結果情報をきちんと評価分析するためには、そもそもの評価基準、分析する基準、これをまず先に整理する必要があるのだ。

2009年11月1日日曜日

「知識」と「知恵」の違いを意識するということ。。

今日の日経のニュースに、こんな記事があった。

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「官僚は知恵使っていない」 菅副総理、激しい批判
「知恵を、アタマを使っていないんです。霞が関なんて成績がよかっただけで大バカだ」。菅直人副総理・国家戦略担当相は31日の民主党本部での講演で激しい官僚批判を展開した。   ~以下、省略~

日本経済新聞「NIKKEI NET」2009年11月1日記事より
*********************************************

さて、管直人副総理の発言の内容そのものについては、特にここでは触れないが、発言の言葉にあった、「知恵」と「知識」について、考えてみたい。


この、「知恵」と「知識」については、ビジネスの現場でも業務を推進するにあたり、重要なキーワードだ。

ここで、言葉の定義を再度確認してみると

知識とは、一般的に、認識され記憶された情報のことを言う。「大辞林」では、「ある物事について知っていることがら。」「ある事について理解すること。認識すること。」という感じで定義されている。

一方、知恵とは、知識によって得られたもの、という意味から発展して、ものごとの道理をわきまえていて適切にふるまう能力のことを指すとされている。同様に「大辞林」では、「正しく物事を認識し判断する能力。」「事の道理や筋道をわきまえ、正しく判断する心のはたらき。事に当たって適切に判断し、処置する能力。」「単なる学問的知識や頭の良さではなく、人生経験や人格の完成を俟(ま)って初めて得られる、人生の目的・物事の根本の相にかかわる深い知識。」と定義されている。

ビジネスでは、もちろん様々な「知識」は必要だ。

ビジネスマナーに始まり、業界知識、業務知識、商品知識など、それぞれの職業に応じた知識の習得が必要だ。

その一方、忘れてはならないのが、「知恵」である。

ビジネスで言うところの「知恵」とは、「ノウハウ」「勘所(かんどころ)」「経験値による工夫」などを包括したものと言える。

こうしたものは、非常に見えにくいものである。
更に、こうした「知恵」というものが、雇用の不安定化にともない、企業にとっては、流出するリスクを大いに抱えているのが実情だ。

こうした見えにくい「知恵」といった無形資産こそ、今の厳しい時代には、重視すべきポイントでもある。

「見えにくい」ものを、如何に「見えやすく」「見えるように」するには、単に仕組みを導入したり変えるだけでなく、全社一丸となった、徹底した「意識改革」と「場づくり」が、何より大切だ。


2009年10月31日土曜日

弊社サイトが公開されました

今日は、少し、弊社のことを。。

この度、待望の弊社アーキレッジ株式会社のコーポレートサイトがオープン。

今回は、長年仕事をご一緒させて頂いているプロデューサー・デザイナーの井浦むつお氏によって、手がけて頂いた。
まずは、厚く御礼を述べさせていただきたい。

# 井浦さん、ありがとうございました。非常に感謝しております。
末永く、私ども会社同様に、WEBサイトも育ててゆきたいと思います。

さて、今回、私自身も何年もコーポレートサイトの構築のプロジェクトマネジメントに携わってきており、数10ページのレベルから数1000ページまでの大規模なものまで、ありとあらゆる業種と用途のものを経験してきた。

しかし、今回は、いつもとは違う進め方をさせて頂いた。

通常は、「計画」「要求整理」「設計」「開発」「実装」といったステップを踏んで、かなり多くのドキュメントを制作し、漏れの無いように着実に進めていく。

それに対して、(まぁ、そもそもそれほどページ数が多いのではなくボリュームも少ないことはあるのだが)、今回は、制作する対象を、こまめに確認しながら進めていくというような進め方を行ってみた。実際には、リアルタイムに修正&確認という作業を繰り返しながら進めてみたのだった。

大げさな表現をすると、「アジャイルソフトウェア開発手法」の思想の流れになるのではと思われるが、まぁ、この手法に近い方法を実践してみたのだった。


弊社側も、素材等が非常に少ない中での制作でもあり、思考錯誤せざるを得ない状況ではあったが、お互いにクリエイティヴ表現、文章表現の確認から、構成変更などを随時行うような形で進めた。

更に、これはなかなか、通常のプロジェクトでは行いにくいと思われるが、ソースコードの設計思想とリンクをさせながら、表示する文章の構成変更なども実施してみた。目的は、もちろん検索エンジンの対策ではあるが、そもそも、WEBページを表現しているHTMLという構文には、ページ内に表示する情報そのものの、重要性、関係性などを意味関連を定義づけるプログラミング言語が含まれている。それらを、意識しての文面調整ということである。

こうした進め方は、当然、紙ベースのDTPなどの世界ではあまり存在しない。
どうしても、「見た目」からの進め方になってしまうのだ。

しかし、多くのWEBのプロジェクトの進め方は、こうしたWEBライクな進め方は、現実行われていないように思われる。発注側、受注側の対応能力も、その原因の一つだろうが、多くは時間的にもコスト的にも予算化し難いというのが現実だろう。

本来あるべきプロジェクトマネジメント手法が、世間一般的に確立し普及するのは、もう少し時間がかかりそうだ。

2009年10月30日金曜日

護衛艦衝突事故に見る、現場コミュニケーション

10月27日の夜、山口県下関市と福岡県北九州市の間にある、関門海峡で海上自衛隊護衛艦「くらま」と韓国籍の貨物船が衝突した。

あの平家一門が滅亡した壇の浦の戦いでも有名な関門海峡。
私自身、亡き祖父の家からも近く、幼いころにも何度か訪れた思い出のある所でもある。
この海峡は、対岸が非常に目の前まで迫り、非常に狭い。
船舶の航行上でも、非常に世界的にも難所でもあるらしい。


さて、今回の事故であるが、韓国籍の貨物船が、前方の別の貨物船を追い越そうとして、舵を切りすぎ、対岸から接近する護衛艦と衝突したらしい。

今回の衝突の原因究明は、現在行われているようだが。。
  • A) そもそも、航行するには難関の狭い海峡であるという事実
  • B) 海上管制から、後方から迫る韓国籍貨物船に護衛艦を注意しながら前方の貨物船を追い越すよう「情報提供」 (航空管制とは、権限が違うらしく、海上管制の指示権限はないらしい)
  • C) 後方の韓国籍貨物船は、海上管制の「情報提供」に従って、追い越そうとする。だが、左へ舵を切りすぎてしまった様子。
  • D) この海上管制の韓国籍貨物船とのやりとりは、護衛艦には伝えておらず
このような所に、ここ数日の報道によると問題があるのではと指摘されている。


これを、私、「情報の目利き」流の言葉で整理してみると
  1. A)の難所であるという事前情報(=先行情報、ノウハウ)は、各船舶の舵を取っている人間、管制の人間は意識記していたのか。「慣れ」が出てしまって忘れていなかったか。
  2. B)C)は、海上保安庁としての海上管制は、あくまでも「情報提供」というスタンス。しかし、現場の韓国籍の貨物船側はどう認識していたのかという、役割分担の問題。それぞれの立場の認識を誤れば、情報の解釈も微妙に変わってしまうものだ。
  3. D)は、前方から接近する護衛艦との、今現状で起きている「情報共有」
となるのだろう。


要するに、「事前情報」「役割分担」「情報共有」これらを総合したコミュニケーションに問題があったのではと想像できる。また、「慣れ」「勝手な解釈」というのもあったのかもしれない。

こうした「ミスコミュニケーション」は、一般の業務オペレーションでも発生し得る問題だ。

「誰かに頼る」「機械任せにする」「それらの勝手な思い込み」こうしたことの積み重ねが事故に繋がってしまうのだ。

事故は事故で、今後、調査委員会が究明して行くと思われるが、実際の我々のビジネスでも、こうした視点は忘れないようにしたいものだ。

2009年10月29日木曜日

びっくりする方法で、会話をする人達がいた!!

NHKの夜のニュース「ニュースウォッチ9」での話題。

トルコのとある山村で、驚く方法でコミュニケーションしているらしい。

その山村の名は、「クシュコイ村(Kuşköy)」

■クシュコイ村の場所はこちら


大きな地図で見る

■クシュコイ村はこんな所


このクシュコイ村でのコミュニケーション方法は、なんと口笛なんだとか。
口笛の下手な私にとって、非常に驚きである。
口笛を聞いていると、なんだか、鳥が山間でさえずっているようにしか聞こえなかったが、これで、きちんと会話が成立しているのだ。

この地域で、代々伝えられてきたこの口笛コミュニケーションは、遠く離れた人同士で話すのに使われている。

例えば、「今年のヘーゼルナッツの相場はどうかね?」「まだ安いから、蔵にしまっておいたほうが良いよ」といった、かなり複雑な会話まで交わすことができるのだ。

トルコ語の29のアルファベットを、すべてこの口笛で表現することが出来るらしい。

山間の村ならではのコミュニケーション。上手な人は、2キロ先の人ともコミュニケーションが取ることが出来るのだとか。

しかし、こうした素晴らしい文化が、あるものによって危ぶまれている。そう、携帯電話の普及。最近は、年配の人が子供たちに口笛教室を開いて、文化をきちんと継承しようしている。

ちなみに、「クシュコイ」とは、小鳥の村という意味らしい。
この「鳥の言葉」。是非とも、素晴らしい文化として次の世代にも技術伝承して欲しいと思った。

■BBCにも紹介記事(英語)が・・・ご参考まで。

2009年10月28日水曜日

マス・コラボレーション型ビジネス創出に向けて

2年に一度開催される東京モーターショー。今年は第41回として、10月23日から11月4日まで開催されている。

残念ながら、時間が無く、まだ行っていない。
今年の東京モーターショーは、出展者が激減しており、イベントの雰囲気も、かなり違うらしい。

こうした中で、本日のNHK「クローズアップ現代」で、激変する自動車業界を特集していた。

自動車業界に就業する人は、日本の就業人口の8%なんだとか。

まず、この数字を聞いて、日本の就業構造が一つの業界にかなり偏っているのだと、非常に驚いたものだ。更に、戦後の日本の高度経済成長を支えてきた一つの製造業としての大黒柱だったんだろうなとも、思ったりしたのだった。

その自動車業界が、昨今の若者の自動車離れ、ガソリン自動車から電気自動車への電子化の流れ、そして、昨年の金融ショックと、今、激変にさらされているのだ。

この自動車業界の構造は、メーカーを頂点に、大手部品メーカー、下請け企業というピラミッド構造になっており、この下請け企業の倒産件数が、昨年対比で激増しているらしい。

番組では、こうした激変する業界のなかで、下請け企業が生き残るための「脱 下請け」への取り組みを紹介していた。

ある中小企業は、自社の強みを徹底的に追及し、そこに集中して異業態の楽器製造への参入。

また、別の中小企業は、今まで別々のジャンルの部品メーカーであった企業が、それぞれの得意分野を持ち寄り、チームとしてタッグを組んで、別業界の大手企業への営業活動を行うという取り組み。

このチームを組んでの取り組みは、過去に蓄積した自社のノウハウ、様々な技術をお互いに完全にオープンにして、どうタッグを組めば、Win-Winの関係で大手に売り込んでいけるのかを、徹底的に行うのだという。従来の中小企業であれば、こうしたノウハウの開示というものは、まったく考えられなかったところを、あえて生き残るために、発想を転換して実践しているのだという。

ノウハウというのは、そもそも特にモノづくりにおいては、門外不出。秘伝として職人から職人へ伝授されるものだろう。しかし、時代は変わり、アナログからデジタルへ。ちょっとした「技」というものは、簡単に模倣され、その情報も伝わってしまうような時代になってしまった。
インターネットがそうしたことを後押ししていることは、否めない。

こういう時代においては、逆の発想で、それぞれ持ち合わせたノウハウを、コラボレーションという形で、お互い出し合い、新たな物を「創出」するということも、生き残っていくための策の一つだと言えよう。

また、こうしたコラボレーションは、インターネット上で先行して実践されている。サーバOSのLinuxの開発に代表されるように、各種オープンソースの技術開発などにもそれが表れている。

ところで、一昨年前ぐらいに、「ウィキノミクス」という言葉が流行した。インターネットの百科事典「WikiPedia」に代表されるウィキソフトウェアの「ウィキ」と経済の「エコノミクス」が組み合わさった造語だ。





この「ウィキノミクス」は、アンソニー・D・ウィリアムズ氏によって同名著書(写真の左側が和書、右側が原著)が発売されているが、本書では、上述のようなウィキを初めとするツールをベースにしたコラボレーションの環境が今後発展し、従来の企業組織やコミュニケーションスタイル、経営戦略やワーキングスタイルを大きく変るのだと、記している。

更に、本書では次世代ジャンボ機の開発やヒトゲノムの研究、P&GやBMWなど、地球規模のマスコラボレーションの事例を紹介している。

今日、この番組を見ながら、こうした自社のノウハウやナレッジを、お互いに出し合いながらコラボレーションしていくというのは、今後の新しいビジネスのパラダイムシフトに繋がっていくのではと、より一層感じたのだった。

是非とも、この不況を脱出するためにも、こうした今まで培われた無形資産を、次の時代に有効活用していきたいものだ。

2009年10月27日火曜日

「結果」より重要なもの。。

今日、ちょっと気になったニュース。

最近、観光地化してしまっている、あの八ツ場ダム問題。

午前と午後で、少し動きがあった。
民主党が今まで、建設中止を貫いてきたこの八ツ場ダム問題であるが、前原国土交通相がダムの必要性を再検証して、ダムに頼らない治水・利水の代替策を示すとの方針を表明したのだ。

今日午前の閣議後の記者会見で明らかにし、午後には、建設地およびそれに関わる流域の6都県の知事との会談があった。

この午後の会談のための、ちょっとしたお土産にも見受けられたが、さて、この問題を見ながら、ひとつ気になるキーワードが。。。

そのキーワードは、「プロセス」。

要所要所の発言に至るまでの「プロセス」が非常にないがしろにされて、どうも「結論」から物事を進めようとする感が否めない。


昨日は、小沢幹事長に平野官房長官が謝罪というニュース。これは、行政刷新会議の中で、事業仕訳を行う国会議員メンバーの中に、新人議員が含まれるということに対して、きちんと官邸と党でコンセンサスが取られていなく、小沢氏から党側への説明不足を批判に対して謝罪したのだった。

つまり、官邸と党での現在進行形の「プロセス」に対して、「報告・連絡・相談」が行われていなかったのだ。いわゆるビジネスの基本「報連相(ホウレンソウ)」が行われていなかったのだ。

ビジネスにおいても同様だ。

「結果」はもちろん大切。それ以上に「プロセス」も重要だ。

結果が失敗に終わっても、そこまでに至るプロセスがきちんと明確になっており、原因究明ができるのであれば、次に繋げられる。

それには「報連相」が重要。

別に、「報連相」は、部下が上司にするたものものではない。上司が部下にすべきこともあるし、チームで動いている場合には、関係するメンバーにも行うものである。
さらに、自分自身が「報連相」を行うことにより、情報を整理することができるというメリットもなる。


「プロセス」をないがしろにするのではなく、一つ一つのプロセスを大切にし、情報共有を行いながら、互いに可視化を行うことによって、強い現場組織、強い絆が生まれるのだろう。

2009年10月26日月曜日

リアルタイムで欲しい情報とは

本日、某芸能人の裁判があった。みなさんも、ご存じだろう。

その裁判が開始された際の、テレビ報道で気になったこと。

本日の公判開始が、13時30分ごろ。
この時間帯は、通常、民放各局は情報番組ありドラマありの時間帯だ。

しかし、今日は著名有名人の公判ということもあり、情報番組では特集を組み、ドラマを通常放映している局は、報道特別番組に差し替えるなどして放送していた。

当の公判は、朝から傍聴席の抽選に長蛇の列ができるなど、関心も非常に高いものだった。

公判が始まると、裁判所前からの中継が始まり、折しも、台風が接近している大雨の中、記者が裁判の様子を刻々と説明をしている。

各局ごと、複数の記者がローテーションで、入れ替わり立ち替わり、裁判の様子を伝言している。つまり、法廷から飛び出して、今さっきまで自分が見聞きした内容を、原稿もまとめる暇なく、伝えているのだ。

この風景を見ていて、非常に不思議に感じたことがある。

果たして、公判の中の様子を、スポーツの実況中継のように、記者が入れ替わり立ち替わり、息を切らしてまで、急いで伝える必要のあることなのだろうかと。。。しかも、風雨の中。

アメリカでは、法廷の公判の様子をリアルタイムで中継する放送局もあるが、見る側の動機としては、あくまでも、「野次馬的」「興味本位」なものでしかない。

特に、強くそう感じたのは、ある場所でもっと重要なことが始まっているからだった。そう、同時刻に、本日から臨時国会が始まり、総理大臣の所信表明演説が始まっていたのだ。
(さすがに、NHKは中継したが…)。さらに、関東地方は、台風も接近しているのである。

情報をリアルタイムに必要とされるシチュエーションは、まず、生命が危ぶまれるような場合や、刻々と変化する状況の把握をしたい場合などがあげられる。まさに、今日のような、台風の接近や地震情報、交通情報など。

一方で、感動や興奮を一緒に味わいたいというときにもリアルタイム性を欲するだろう。ポーツ観戦や各種式典などがそれにあたるだろう。


果たして、今日の公判の様子といったものは、風雨の中、リアルタイムに刻々と伝える必要があるのだろうか?
きちんと情報を整理してからでも良いのではないだろうか?

さらに、政権交代したばかりの総理大臣の所信表明演説もあった。自分たちの生活を左右する政治の動向と、直接自分の生活には関係のない芸能人のことと、どちらが重要なのだろうか。




話をビジネスの側面に置き換えてみよう。
ビジネスの基本である「報連相」として考えてみるとわかりやすい。いわゆる、「報告」「連絡」「相談」の「ホウレンソウ」である。

社内での業務報告は、「悪いことを優先して上長に報告しなさい」とよく指導を受けるものだ。

この上司が言う「悪いこと」とは、会社の業務において支障が起きる(起きるであろう)ネガティヴな事象をさす。会社にとっての、「生命に危険を及ぼす」とでも考えられるのではなかろうか。


たまたま、同時刻のテレビ報道を見ていて、考えさせられた。