2010年11月5日金曜日

情報拡散時代を考える。。。

ここ数日、かなりの多忙になってしまっていたところの、久々の書き込みだ。


さて、今日、朝からメディアを賑わしている話題。
尖閣諸島問題のビデオ流出のニュース。


一部の国会議員にのみ公開された問題のビデオ。

そのビデオよりも、尺の長い映像が、動画投稿サイトYoutubeに投稿された。

投稿されたのが、昨日の夜21時。そして今朝の7時には、投稿が削除され、投稿者のアカウントも削除されていたのだとか。

その約10時間の間に、インターネット上で公開され続け、世界中に配信された。
今もなお、その公開された間に複製された映像が拡散し続けているようだ。


さて、今朝からの一連のメディアでは、情報管理の杜撰さを指摘する報道があるが、今回の騒動は、インターネットというメディアの特徴が、良くも悪くも露呈した感じだ。

こうした内容の情報は、特に拡散しやすい。
そして、いったん公開されてしまった情報は、拡散後、そう簡単には収拾がつかなくなってしまう。

我々は、今、こうした情報が拡散しやすい環境にいるということを忘れてはならない。

メディアは、政府の情報管理を指摘しているが、これは政府に限らず、企業や学校、家庭から個人と、どんな環境においても同じことが言える。

常に繋がっているというネット環境。

いいかえると、常に、ボーダレスな世界が、直ぐそこで繋がっているともいえる。
しかも、その世界の顔は、見えるようで見えない。

情報漏洩をさせない仕組みを作ることは勿論大切であるが、そうした環境において、そこにいる人々が、どう行動すべきかということも、同時に考える必要があるのかもしれない。

どんなに凄いシステムを構築したとしても、それを運用するのはあくまでも人間。
そこに漏洩させる意思がある人がいれば、必ず漏れるものなのだから。。。

2010年10月18日月曜日

125年目を迎えた特許制度。

今年で特許制度が出来てから125年。

本日、これを記念する式典が東京都内で行われた。

125年前、日本の第一号の特許は「防錆塗料」なのだとか。

それから今年で125年になるこの制度、「産業財産権」制度は、明治18年に現在の特許法にあたる「専売特許条令」なるものが公布されたことに始まる。

この「産業財産権」は、特許権、実用新案権、意匠権、そして商標権の4つの権利から成り立っている。

明治、大正、昭和、平成と時代は移り変わり、これまで約400万件を超える発明が特許として認められてきたのだという。

ところが、この特許の出願件数は、アメリカや中国は、継続的に増加している一方で、日本では、平成13年をピークにして、ここ数年減少傾向。

特許庁は、審査に関わる時間を短縮化するなどして活性化を図ると報じられているが、果たして、これで出願件数は増えるだろうか。。

私としては非常に疑問だ。

以前に比べて、新興国も台頭し、技術革新もグローバルな視点で以前にも増したスピードで行われている。

そんな中で、いかに新しい発想、新しい着眼点、創意工夫出来る土壌、こうしたことを生む環境が無ければ、恐らく出願件数は増えないのではないだろうか。

更に、大手企業よりも、中小企業が特許の取得率が上がるような仕組みが必要だと私は思う。


経済産業省が「無形資産価値」に関する企業評価についてのガイドラインを制定し、金融機関への普及活動にも取り組み始めているようだ。


円高が進み、産業の空洞化が進む一方で、モノづくりに関わる中小企業が生き残るためには、価格競争を「耐え抜く」だけでなく、新たなものを「創造できる力」が特に必要だ。恐らく、円高傾向は、このままだと年内進むだろう。過去の最高値を超えるのは時間の問題。

価格競争を「耐え抜く」ための効率化や合理化だけでなく、新たな市場・ニーズを生み出す「新ビジネスの創造」へ、あらゆる業界が積極的に取り組まなければならない、切羽詰まった時代を迎えていると思う今日この頃だ。

2010年10月17日日曜日

自然界から学ぶもの。。

今日は、月に一度の地域の緑化活動日。「グリーンデー」と称して、地域の組合主催で周辺の樹木の手入れ、草の刈り取り等を行う。

中々の重労働。しかし、日々デジタルな生活をしている人間にとって、自然に触れるのも良いかもしれない。

ところで、最近では、その自然と触れ合うことも激減しているようだ。

小中学生の自然離れくっきり 虫捕り・遊泳の体験激減 (asahi.com)


昆虫はデパートやスーパーで購入するもの。
そんな時代になってしまったようだ。

私が子供のころ過ごした地域は、新興住宅街で宅地開発中。まだまだ自然は多く残っていた。そうした私自身が生まれ育った所さえ、今では、マンションが立ち並ぶ街へと変貌。当時の雰囲気は、まったく面影も無い。


ところで、ビジネスでの発想には、自然界から学ぶことも多くある。

直近では、イグノーベル賞で粘菌で都市鉄道網のインフラ整備を研究するグループが、交通計画賞を受賞したことが話題になった。

The Ig Nobel Prizes (主催:Annals of Improbable Research)


これ以外の身近なものにも、沢山自然界から学んでいる事例が存在する。

日頃、多くの人が利用している新幹線の流線形。これも流体力学の知識により形作られているが、そもそもの形は、細長いくちばしをもつハチドリや、カモノハシの口の形から発想されているのも、その一例だ。


新たなモノの発見や発想。

それは、まだまだ自然界の中に、ヒントが隠されているのかもしれない。

たまには、自然に足を運んでみるのもよさそうだ。

2010年10月12日火曜日

メールや携帯がもたらすデメリット

メールと携帯の功と罪について、このブログでも何度か取り上げてみたことがあるが、今回は「罪」と仕事の段取りというものを考えてみたい。


日々の仕事において、電子メールと携帯電話は当たり前のように、ビジネスツールとして利用しはじめて、早10年強。


このビジネスツールが、仕事の仕方に、「とある影響」を及ぼしているのではないかと私はつくづく思うのである。


その「とある影響」とは、仕事に対する「段取り力」というもの。


電子メールや携帯電話は、それ以前のコミュニケーションツールと比較して、「いつでも、どこでも、情報のやり取りが行える」という特徴を持つ。

この特徴である「いつでも」というものが、仕事の「段取り力」というものに対する「衰え」に影響させているのではないかとつくづく感じるのである。


十数年前まで、携帯電話がそれほど普及していない固定電話だけの時代、相手とコミュニケーションを取るためには、それなりに、相手のスケジュールや行動というものを意識して対応しなければならなかった。

また、更に、相手が固定電話が存在する場所にいなければ、コミュニケーションを取ることが出来ない。コミュニケーションを取ろうとすれば、予め相手の行動の先手を取った段取りをしておかないと、相手を捕まえることさえ難しくなる。

一方、携帯電話や電子メールは、相手のシチュエーション、状況というものをそれほど意識しなくても情報を「伝送」させることは出来るのだ。
当然、従来のような「相手の行動の先手を取る」という意識は、自ずと薄れてくるだろう。

こうしたことが積もり積もって、日々のタイムマネジメント、相手の行動を考えた段取りというものを意識しない仕事をする人が増えてしまっているのではないだろうか。


中々、抜け出せない不景気のこの時代。
経済的な側面だけでなく、こうした「仕事のスタイル」の質の低下も、抜け出せない要因の一つにでもなっているのではなかろうか。

こうした仕事のスタイルは、長時間労働にもつながり、肉体的・精神的へのダメージにも繋がりかねない。

自分自身の仕事も振り返りつつ、仕事の「段取り」というものをあらためて考えてみたい今日この頃だ。

2010年10月11日月曜日

ご当地検定が曲がり角!?

ご当地検定、最近、あまり話題にならないなぁと思っていたら、どうやら中止になっているようだ。


ご当地検定、曲がり角 受検者減り採算悪化、各地で中止 (asahi.com)


私が在住する市でも、ご当地検定はあるようだ。

このご当地検定、5年ぐらい前から全国各地で話題になった。
有名な観光地だけでなく、各地にその後広がった。


観光だけでなく、自分たちが住む郷土を理解しようというコンセプトで、こうしたプロジェクトが増えたようだ。


さて、こうしたご当地検定。

個人的には、応援したいところだが、「検定」だけが仕組化されて、これを上手く活用する受け皿が無かったことが、普及しない原因。


本来、「ご当地」にまつわる情報は、年輩の世代から若い世代へ、親から子へと受け継がれて伝承されるものだが、人口の流動、核家族化といったことを背景に、こうした「地域の知識や知恵」というものが受け継がれる「機会」そのものが無くなっているということにも注目したい。


「検定」も一つの手法。

これ以外にも、お祭りやイベントといった形でも、ご当地情報を伝承することが出来る。
様々な「コト」づくりを行いながら、地域の情報を伝承していくということも、一つの取り組みとして考えて見てはどうかと考える。

2010年10月5日火曜日

先人の知恵、大切にしたい。。。

技術立国としての日本が、世界に向けて様々な製品を生み出してきたのはご存じのとおり。今でも、その底力はあるはずだが、以前の勢いが衰え始めて、やや陰りが見えてきたという指摘もあるのも事実。


そんな中で、科学技術の歴史の中で、国民生活に大きな影響を与えたものを「未来技術遺産」として発表された。


デジカメ試作機、万博携帯…未来技術遺産27件(YOMIURI ONLINE)



発表したのは、国立科学博物館。

今回、第三回目ということだが、デジタルカメラの試作機、携帯電話やビール製造機器などの27件なのだと。


さて、こうした製品、個人的に、どのような背景で生まれてきたのかということに非常に興味を持っている。

たまたま偶然だったものから、思考錯誤の上生まれていたもの等、様々あるだろう。


こうしたイノベーション力、つまり「創造力」について、今我々の社会は、様々な分野のビジネスにおいて、求められているのだと考えている。

モノ作りから、サービス業まで。更には、教育から行政サービスなどなど。


「効率化」「合理化」が叫ばれるが、こうしたものは、そもそも今までの人的労働力を減らし、それに関わるコストを軽減するもの。

確かに、「ムダ」を省くためには必要な考え方だが、では「ムダ」を省いた後に何をするのかということにフォーカスしなければならない。


常にどこかで、この新たな発想、イノベーションは続けていかなければならない。


そういう意味でも、過去に生まれた製品が世に出てきた「ストーリー」というものは、非常に気になるものだ。。


先人への敬意を払いつつ、常に新しいことへチャレンジするマインド。

たまには、博物館にも訪れてみると、新たな発見があるかもしれない。

2010年10月4日月曜日

裸眼で3D映像を楽しむ。。。

今年に入り、相次いで発売された3Dテレビ。

これらのテレビは、すべて専用のメガネを使用して3D映像を見るスタイルであったが、本日、そのメガネを必要としないテレビが発表された。


世界初!専用メガネなしで3D楽しめるテレビ(YOMIURI ONLINE)


記事によると、特殊なシートを通じて視聴し通常の映像でも3D映像に見えるのだとか。

さて、このように技術が進歩しテレビも3Dの時代になったが、果たしてどれだけのコンテンツが3D表現を必要とするものが出てくるのだろう。

3D、つまり3次元であるが、実は先行して普及しているものがある。
それは、「音響技術」。
「立体音響」として3Dサラウンドシステムは、数年前から普及している。

スポーツ、音楽、映画といった分野で、その効果を発揮している。

これに3D映像技術を加えると、非常に臨場感のある体験が更に高まるだろう。


ところで、この3Dサラウンドがどれほどの家庭で普及されているかと見ると、それほど普及している訳でもない。音響にこだわりのある人など一部の人が購入しているのだ。


3D機能の搭載は、非常に素晴らしいが、「3Dでなければならない理由」「3Dを必要とする欲求」というものに、もう少しフォーカスして考えて見ても良いのではないだろうか。

私の個人的な見解であるが、テレビは今までの「映像受像機」という機能ではなく、パソコンなどと融合化した「情報授受機」としてより進化すべきだと思っている。

そうした視点に則った上で「3Dでなければならない理由」というものを考えて見ると、あるべき「3D」の姿が見えてくるような気がする。

2010年10月3日日曜日

「公」のモノは誰のモノ?

突然だが、みなさんは、読書はどれくらいされるだろうか。


私自身は、読書はほとんどがビジネス書になってしまうが、週に何冊か読書するように心がけている。

新たに新刊本を購入したり、中古本の購入、更に図書館で借りたりする。

ところで、最近こんなニュースを目にした。


蔵書の破損 真心を砕く  切り抜き・落書き…公立図書館受難


図書館の書籍が、酷い状況になっているようだ。

確かに、私自身、たまに酷い状況の書籍を目にしたことがある。

切り抜きされたもの、蛍光マーカーで色づけされたもの、コーヒーかお茶の渋がついてしまったものなど、様々。

個人的な感触だが、特に、雑誌や旅行関連など、カジュアルなテーマのものが多いかもしれない。


記事も触れているが、モラルの問題を超えている。

モノが豊かになってしまった現代だからだろうか。。
すべて自分を中心に考える、自己中心的な人が増えてしまったからだろうか。
他の人のことを考える余裕が無くなってしまったからだろうか。


モラルという意味では、「○○モンスター」や「モンスター○○」という言葉が出来るほど、度を超えた「言いがかり」的な苦情というものも、以前に増して増えているようだ。

さて、このような世の中の状況となってくると、今までと同じような「性善説」に則った対処法にも限界が出てくる。

サービスオペレーションを設計する際にも、こうした思想を取り入れなければならない残念な時代に突入してしまったようだ。


ただし、こうした状況を生んでいるのは我々1人1人の問題でもある。
ビジネスではこうした対応を検討しつつも、私達自身でもプライベートな側面で気を付けて日々行動したいものだ。

2010年10月2日土曜日

情報をどう評価する!?

ここ連日のように報道されているニュース、検察庁の改ざん疑惑問題。

さて、このニュースを遡ること、報道のスタートは、厚生労働省職員の郵便不正事件。
この事件に関わったとして、当時の局長が絡んだものと報道されていた。


そうした報道について、先日のマスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会で、局長逮捕当時の報道が課題として取り上げられたそうだ。


郵便不正事件、逮捕時報道の課題を議論 マスコミ倫理懇 (asahi.com)


逮捕当時の各社の報道は、局長の不正関与をセンセーショナルに報道。
ほとんどの視聴者は、そうした報道を耳にして、無意識にも局長の関与を誰もが疑わないように受け取ってしまったのではないだろうか。


こうした動きは、我々情報を受け取る側にとっては非常に危険なことでもあることを忘れてはならない。


メディアの報道も、今回の場合は同じような姿勢で報道していたが、事件によっては微妙な報道の姿勢の違いを見ることも出来る。

また、国内メディア、国外メディアによってもその違いは大きく異なることもある。

最近では、ネットメディアの台頭も忘れてはならない。

一つの事象を、どのように評価するか。

その評価をする癖は、常日頃から鍛えておかなければならない。
つまり、情報の受け手である我々の目も鍛えておかなければならないということだ。


その情報は、本当に正しいのか。情報の出所はどこなのか。
情報の発信者は、どのような視点でそれを伝えているのか。

情報そのものは、ある事実と意見や思いというものと合わせて伝えられる。
この事実以外の部分が、情報を受け取る側にとってのポイントだ。


意見や思いというものは、その伝え手の立場や性格等によっても変わってくる。

これはメディアだけでなく、日々のコミュニケーションにおいても同じ。

情報をどう評価し、受け取るか。

これからの大事なスキルの一つに違いない。

2010年10月1日金曜日

初心に戻り、振り返る。。

今日は、10月1日。

当社にとっての新しい期を迎えることになった。

前期にやり残したこと、出来なかったこと、成功したこと、それぞれ振り返りながらも、新たなことに対してチャレンジしてみたいと考えている。


ところで、私個人でときどき「振り返り」のセルフチェックなるものを行っている。
その手法は、システム開発等で使われる「KPT」と呼ばれる手法だ。

KPTとは、Keep、Problem、Tryの頭文字を取っている。

つまり、

-良かったこと、上手くいったことでそのまま続けてやりたいこと:Keep
-問題になったこと、課題になったこと、やめたいこと:Problem
-これからやってみたいこと、挑戦してみたいこと:Try

ということだ。

これらを書き出してまとめて見ると、今の状況が俯瞰して見ることが出来る。


以前、私の属していた組織でも、これをチームで実践してみたことがある。
皆で書き出すことにより、情報の共有、意識の共有が行える。

KPTのどのジャンルが多いのか。
ほとんどが「P」が多いことになるのだが、これが多いほど、チーム全体で問題意識が高いことが認識出来るのだ。

さらに意識が高くなると、「T」のジャンルが多くなるのだろうが、こうなる為には、他にも取り組まなければならないことが多々あるだろう。

さて、今日から新しいステージ。

気を引き締めて頑張ろうと思う。

2010年9月30日木曜日

365回目。。。

365回目。。。

何が、365回目かというと、このブログの投稿回数。

毎日1件書いてきたので、365日目の今日で1年ということだ。


昨年の10月1日に会社を設立して、とにかく何か続けられることを目標にしてみようということで、このブログを毎日書くことを目標にしてみた。


今までの人生で、これだけの文章を書くことはもちろんない。
10年前に、とあるIT系のポータルサイトに連載させて頂いたくらいだ。

兎に角、「続けて見よう」の一言につきる。


一年を振り返って、どうだったか分析してみると、決して自分としては合格点を付けられない。
色々と反省点は残る。

しかし、非常に多くのことを学ばせて頂いたのも事実。これらは、今後の糧としていきたい。

更に、この一年で新たに出会った人。

今後とも、このご縁を大切にしていきたい。

リーマンショック後の後遺症が残る中での新たな船出。

タイミングとしては非常に厳しい中でのスタートとなっているが、私としては逆に、新たな時代の幕開けとして、チャンスが埋もれていると捉えてポジティヴに考えている。

どうやら、その幕開けを肌に感じることが、少しずつ増えてきた。

・   ・   ・   ・   ・

今年度、お世話になった方。本当に有難うございました。
この場を借りて、深く御礼申し上げます。

そして、来期もどうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします。

2010年9月29日水曜日

備えあれば、憂いなし。。。

今日の17時ごろ、福島県中通りを震源とする地震があった。郡山や白河では震度4を観測した。

この地震で、気象庁は緊急地震速報を発表した。最大震度は5弱として、14都県を対象に発表された。

この緊急地震速報は、最近では携帯電話に配信される。


緊急地震速報にびっくり 届くかどうかは機種や会社次第 (asahi.com)


今日、この情報を受け取って驚かれた人も多いのではないだろうか。

記事によると、この情報の配信サービスは、キャリアや端末機種によっても異なるらしい。NTTドコモは、2008年秋以降の機種はすべて対応。auは2008年3月からスタート。

ところで、私自身、こうした緊急ニュースを振り返ると、実は、2001年9月11日に発生した、あのアメリカ同時多発テロ事件の際に、受け取ったのが最初だ。
当時、こんなサービスがあるのを知らずに、非常に驚いたのを今でも覚えている。

今回の緊急地震速報も、auはサービス提供開始時、私のように驚かれる人を考慮し、サービスをデフォルトではOFFになっていたのだという。


こうした情報提供サービスは、大いに利用すべきだし、提供側は告知すべきだろう。

特に、緊急時に効果を発揮するものは、平時からその存在のPRを定期的に行うべきだろう。緊急時になってからのPRでは遅い。

平時から、こうしたものの存在を告知しつつ、どう活かすか、そのオペレーションの計画をしておくべきだ。

2010年9月28日火曜日

「ガラパゴス」って。。。

昨日、シャープから新しい電子書籍の端末と電子書籍配信サービスが発表された。

その名も「GALAPAGOS(ガラパゴス)」だそうだ。


「ガラパゴス」で悪いか シャープ、年末に電子書籍端末 (asahi.com)



ガラパゴス化という言葉。
日本の文化、制度、技術といった各種市場が、独自の進化を遂げて、世界標準からかけ離れている現象を揶揄する際に使われる言葉。

とりわけ、日本の携帯電話が独自の高機能化して国際標準から外れていることを指して言われることが多い。

そんな背景があるなかで付けられたネーミング。

リリースをみて、私は思わず「気合い入っているな」と思ったのだった。

ガラパゴス化が懸念されるものは、携帯電話以外にも、様々な技術等でも指摘されている。日々利用しているICカード、そしてカーナビ。デジタル放送など。


海外に一歩踏み出すと、日本と異なる視点、文化に数多く触れることが出来る。
日本で当たり前の視点が、海外では非常識であったりと、新たな発見が多い。

商品を開発する場合でも、そうした視点を忘れてはいけない。

高機能・高スペックの高い商品が良いとされる日本であるが、海外では必要とされていないことも多々ある。

これから、真の意味でのグローバル化を意識するならば、こうした視点は常に頭の中に入れておかなければならないのだろう。

そのためにも、様々な視点で物事を見る癖というのは、忘れてはならないのかもしれない。

2010年9月27日月曜日

プロファイリングをする際に気を付けること

我々の日常生活のなかで、日々の行動を追跡し、マーケティングデータとして活用することが多々ある。

モニタリング、サンプリングは勿論のこと、スーパーのPOSデータから会員カードの利用履歴に至るまで、様々な分野でデータは収集される。


ネット上では、最近、こんな技術が開発されたようだ。

本当?つぶやきから年代・性別推定の新技術 (YOMIURI ONLINE)


ブログやツイッターの書き込み内容から、利用者の年代や性別を推定する技術だ。


確かに、書き込まれた内容から、おおよその性別や趣味、年代などは「推察」することはできるだろう。

ただし、個人的にこの技術で気になるところは、2つ。

1.本人の文章の癖をどこまで考慮するか
2.「なりすまし」の排除をどうするか


文章は、非常に人によって癖もあり、またその表現も異なる。
例えば、日頃から文章を書きなれている人と、そうでない人とでは、まったく文章で使用し表現する語彙量が変わってくる。

また、小説好きな人とビジネス書好きな人とでも、恐らく文章表現も少し違うのではないかと個人的には思っている。

果たして、どんなアルゴリズムで設計されているのだろうか。


そして、どうしても排除出来ないのは、「なりすまし」。
ネット上では、ある条件が揃えば、「なりすまし」が出来てしまう。
Twitterのアカウントで、有名人のなりすましが出現することでもわかるだろう。

用意周到に準備し、念入りに計画していれば、こうした「なりすまし」は、この技術でも見抜くことは、まだ出来ないのではないだろうか。


そして大事なことは一つ。

こうした技術を利用して、プロファイリングする際の利用目的。
個人を特定して利用しなければ、問題無いが、個人を特定する場合は、プライバシー上の問題が発生する。


こうした技術が開発される一方で、技術そのものを運用する側のポリシーというものも、同時に考えていかなければならない。

2010年9月26日日曜日

学卒の定期採用を考える。。。

こんな不況下でも、就職率100%の学校があるらしい。それも高校だ。


不況でも就職率100% 王寺工業高、人気の理由は?(asahi.com)


それは、奈良県にある王寺工業高校。
記事によると、礼儀正しさの指導、特にあいさつ指導を入学時から徹底指導しているのだという。


もうひとつは、積極的な部活動への取り組み。
一つ事を、3年間でやり通したことに注目するのだ。


この2つは、非常に大切なポイント。

私が、過去に面接官を担当している際にも、この点は注目していた。


まずは「あいさつ」。

「あいさつ」は、単に言葉を発するだけでなく、身体全体の姿勢、視線などすべてにその人の特徴があらわれるものだ。さらに、「あいさつ」に続く、ちょっとした会話などからもそうした特徴も伺える。

二つ目の「物事をやり通す」ということ。

先日の本ブログでもテーマとして取り上げたが、「続ける」ということは、仕事をする上でも重要な視点の一つ。

ちょっとしたことで、投げやりになったり、あきらめてしまう、そうしたことは、ビジネス上ではネガティヴな視点の一つだ。

一つのことを粘り強く取り組む姿勢は、学生時代から鍛えられるスキルの一つ。
学生活動やクラブ活動で活躍した生徒が評価されるのも、その所以。


さて、こうした学卒の定期採用。

個人的に、日本の新卒の定期採用活動というものは、まだまだ新しいやり方があるのではと思っている。

例えば、産学の積極的な交流。ある時期から突然スタートする、日本の就職活動。
ここに問題があるのではないだろうか。

学生には、学問を学ぶスタート時点から、自分が進みたいキャリアを意識した計画が出来る環境があったほうが良いだろう。
アルバイトも勿論、インターシップも、こうしたキャリア設計に則った形で実践する。
もちろん、学生なのだから学業がメイン。

学業と就職が乖離しているからこそ、こうした問題が発生しているのではないだろうか。

更に遡れば、高校時代から、知識詰め込みのカリキュラムから、「社会で活かせる」ことを意識したカリキュラムを導入すべきだろう。


日本の教育に目を向けると、まだまだ根深い課題が大きく存在するようだ。

2010年9月25日土曜日

社員の引き抜き、やりません。。。。

今日のニュースで気になったものを一つ。


米グーグルやアップル「互いの社員引き抜きません協定」 (asahi.com)


アメリカのグーグル、アップル、アドビシステム、ピクサー、インテュイット、そしてインテルの各社が、お互いの技術者を引き抜かない協定を結んでいたというもの。


このニュースを見て、各社の気持ちが分からないではないと、率直に思った。
そして、「アメリカらしくない」とも思ったのだった。

各社は、人材の流出の恐れを考慮し、こうした協定を結んだというものだ。

雇用される側の視点としては、米国司法省が指摘する「より良い職を得る機会を損なわせる」という考えも理解できる。

逆に企業側の視点では、それだけ「人材」が大切であり、重要であるということを意識していることの裏返しでもある。


なかでも、グーグル社やピクサー社には、ユニークな人事制度があることも、いくつか紹介されている。


企業にとって、人材を、「人財」と捉える会社と、「人在」と捉える会社と2分される。

後者の企業は、常にとっかえひっかえ、人材の出入りが激しい、年中採用活動をしているような会社。スタッフを単なる労働力としていない経営スタンスの会社。
このようなスタンスの会社では、もちろん人は育つはずもなく、離職率も高い。
人件費を、「コスト」と捉えている会社だ。

一方の前者の企業は、人材教育にも熱心で、社員の定着率も高い。
定着率が高いと、様々な知恵やノウハウも貯まる。それが強い組織を構築する基盤にも繋がる。


バブル崩壊後、多くの会社で「リストラ」を敢行した。
それにより、大量の人財を失った企業も多い。人の流出とともに、ノウハウも流出して組織が弱体化してしまったのである。その後遺症は、今尚続いている会社も見受けられる。

逆に、経費を抑えつつ、人件費も抑えつつ、何とか雇用は保ちつつ、難局を乗り切ろうとしている企業も一方である。全社を挙げて、一致団結して、知恵を出し合って取り組んでいるのである。


そろそろ、文字通りの意味での「人財」の意義が問われる時代がやってきているのではなかろうかと思う今日この頃。

2010年9月24日金曜日

続けるってこと。。。

アメリカメジャーリーグ、シアトルマリナーズのイチローが、10年連続で200安打を達成した。


10年間続けてきたこと。素晴らしい。

続けるということ。

常にベストコンディションを維持し、そして目標を遂行するためには、日々の努力もあるはずだ。
そして何と言っても、「メンタル」な面。

この「続ける」ってこと、先日も、とある知人と話し合う機会があった。

最近の日本では、なかなか疎かにされているのかもしれない。


政治家も、ころころ変わる。
テレビ番組も、ころころ変わる。
日常生活の製品も、ころころ変わる。
流行も、ころころ変わる。

最近の日本は、「飽きっぽい」と揶揄されることもある。


生活自身が豊かになり、努力して続けるということが、あまり美徳とされない世の中になったのだろうか。「泥臭い」「かっこ悪い」ということだろうか。



以前、流通の現場の第一線で、毎週のように新商品を取り扱っていた。
商品によっては、一週間で、日の目を見なくなってしまう商品さえあった。

当時の私は、本当にこんな短期間で商品の仕入れ方針を決定してしまって良いものなのかと疑問に思ったことは多々あった。

確かに、「この商品は、売れ続けるのは難しいだろうな」と思う商品も有ったのは事実。一方で、「これは、いけるのでは?」というものもあった。


様々な仮説を立て、様々な方向性から検討し、そこから導かれた結果から、継続するか否かを検証すべきである。


これは、商品の販売だけでなく、営業の取り組みから、日頃の趣味等でも同じことが言えるだろう。

短絡的に判断し、すぐに諦めてしまい、他のことに移ろってしまうのは、その人本人にとってもあまり良いことではないだろう。


目標に向かって続けることで、人は、そこで考え、精進し、そして鍛えられる。


これからも前向きに目標に向かって日々努力しないといけないと、改めてイチローのニュースを聞いて思うのだった。

2010年9月23日木曜日

仕事のマルチ化。。。

最近耳にするのが、「多機能工」や「仕事の多機能化」というもの。

1人で、一つの仕事内容をこなすのではなく、マルチに様々な職種をこなすというもの。

製造現場だけでなく、最近では、サービス業でも多く取り入れられている。


今晩のNHK教育テレビ「仕事学のすすめ」の中で、星野リゾートの星野社長が登場。

ホテルや旅館を運営する星野リゾート。
ここで働くスタッフは、一般的なホテルとは仕事のスタイルが異なる。

一般のホテルでは、ベル係、フロント係、宿泊係、レストラン係と分業されているのが一般的。

これに対して、星野リゾートでは、これらの仕事をマルチにこなす。
朝、朝食担当でレストランで働き、そしてチェックアウト対応、午後にはレセプション対応と、マルチにこなすのだ。


星野社長曰く、こうした仕組みは、8時間の就業時間を効率よく使うことが出来るだけでなく、全ての仕事を一通り身につけることで、会社へのロイヤリティも高まるのだとか。

さて、最近就航したLCC(格安航空会社)でもこうした「多機能化」が行われている。
先日、羽田空港に就航が決まったマレーシアに拠点を置くエアアジアXでも、従来は行っていなかった、キャビンアテンダントがチェックイン対応、客室乗務、そして機内清掃などすべての業務をこなすのだ。
これらの職務を一通りこなすことで、ローコストオペレーションに繋げるのだとか。


星野リゾートとエアアジアXとでは、その導入の目的は少し異なるようだが、こうした仕事のスタイルは、恐らく多くの業種でも広がるのではないだろうかと思う。

スペシャリストとゼネラリスト。
この開きが、より大きくなるのかもしれない。

そこで一番ポイントになるのは、恐らく、スタッフ自身の「モチベーション」というものが重要になるのではないかと思われる。


スペシャリストはともかく、ゼネラリストにとっては、こうしたマルチな仕事を求められると、スタッフ自身のモチベーションを維持させることが非常にパフォーマンスを左右するだろう。

その「モチベーション」を維持するためには、会社の雰囲気は勿論、社内のコミュニケーション量、それらを生み出す各種仕組み、そしてそして何よりも会社自身のビジョンやミッションの明確化が大切だ。

2010年9月22日水曜日

何か違うぞ、、その手法。。。

テレビ業界で、新たな取り組みをするらしい。

民放ドラマ、ネット先行で視聴者引き留め 口コミに期待 (asahi.com)



記事によると、ドラマ離れが進行するなか、視聴者を獲得するために、本放送が始まる前に、インターネットで動画を事前に無料配信とのこと。


事前に配信することで、クチコミを喚起し、テレビの視聴者獲得につなげたいのだという。

この記事を目にして、「う~ん、違う。」と思ったのは、私だけではないだろう。


何故、今、テレビ離れが起きているのか。
根本的な分析がされていない気がする。


以前に比べて、情報を収集するツールが多岐にわたるようになった。
即時性があり、情報も多種多様、情報の受発信も行える。

そんなメディアに対抗するために、従来と同じような番組作りをしていては、視聴者は戻らない。


地デジ、地デジと毎日アナウンスが入るが、では、地デジの仕組みを活かした放送がどれほどあるのか。
私が生まれる前ではあるが、モノクロからカラーへの移行は、カラーの画像で見たいという欲求が、カラーテレビの購買への行動に繋げた。

では、デジタル放送の魅力について、いまどれだけ取り組んでいるのだろうか。
NHKは積極的に取り組んでいるが、民放では、それほど感じられない。特に地上波の番組は。

このままでは、恐らく、更にインターネットへの依存度は高くなるだろう。


個人的には、番組自身の「質」にもっと深く切り込んでもらいたい。

昔に比べて、非常に薄っぺらい番組が多く感じる。
それは、情報番組・報道番組でもそうだ。

タレントに依存するのではなく、番組の構成・演出に切り込んでもらいたい。
人物設定やストーリーがしっかりしていれば、スピンオフの番組だってありだろう。


スピンオフをインターネットでやるのもありだろう、そもそもスピンオフは「クチコミ」を誘発しやすいネタだからだ。


何をテレビで、何をインターネットで、情報発信をするのか。

それぞれのメディアの特性を活かして、情報を取り扱うのがプロの仕事ではないだろうか。

テレビ好きの筆者としては、厳しい目線で応援したい。。

2010年9月21日火曜日

チームを作るということ。。

すべての点において100点満点の人間は、この世にいない。いるとすれば、神様だろう。

こんなことを考えるのも、ここ数日の菅改造内閣の新たな閣僚人事をみながら思ったこと。
本日、副大臣、政務官等が出そろった。


ところで、日本語に、「適材適所」という言葉がある。
御存じのとおり、人の能力や特性を正しく評価して、ふさわしい地位・仕事につけることを意味する言葉。


この語源は、日本家屋や寺社などの建築における材料の「木材」の使い分けにあるそうだ。

土台には腐りにくい耐久性のある材料、内装には、木目の美しい材料、屋根や梁には強靭な材料といった具合に使い分ける。


この材料の使い分けには、きちんとした大工の目利きがあってこそ行える。


さて、一方の人間に注目してみる。


人事における「適材適所」を実行するためには、個々の人間が備える「強み」や「弱み」を目利き出来なければいけない。

しかし、木材のように、これをはっきりと評価するのは、中々難しいものだ。


上司部下の関係で、多くの上司は、その部下の「出来ない点」ばかりに目が行くことが多い。

その部下の「強み」「長所」を見出せる人は、なかなかいない。


何故だろうか。恐らく、日々、そういう視点で見る癖が出来ていないからだろう。


また、自分自身さえも、「強み」と「弱み」を上手く認識出来ていないこともある。


さて、この「強み」と「弱み」。視点を変えると「弱み」が「強み」にもなることがある。

例えば、慎重な性格の人がいたとする。
慎重な性格のために、中々思いきったアクションが出来ず、プロジェクトが遅々と進まないということもあるだろう。

しかし、慎重な性格の人は、視点を変えると、非常に作業が正確な場合もある。
きちんと決められたルールに則り、100%的確な作業を遂行出来るといった具合。


こうして視点を変えることで、その人のパフォーマンスは最大化される。

そして、このパフォーマンスを最大化させることは、マネジメントする側の責務でもあると私は考える。


冒頭で、100点満点の人間などいないと書いた。

私自身、不合格点の面も多々あると思っている。

こうした苦手な部分があるからこそ、会社やプロジェクトチームで強みを持ちあい、組織としてパフォーマンスを最大化させようとするのだ。

そして、それが最大化されている組織こそ、強い組織なのだと思う。


「適(人)材適所」が「適財(務)適所」になっていないか。

人がいて初めて、会社や組織は成り立つ。
最近の組織論。こんな視点が少し欠けているのではと、つくづく思う。

2010年9月20日月曜日

演じて、育て。。

敬老の日の夕方、NHKで面白い番組が放送されていた。

タイトルは、「演じて育て!津軽の暑い7日間」。
NHK青森放送局の制作によるものだ。


演じて育て!津軽の暑い7日間 (NHK青森放送局)


青森市で実際に開かれている、中学生向けのワークショップ。

演劇とうものを通して、参加した中学生が、たった7日間の夏休みで大きな成長を見せるその過程を紹介していた。

ワークショップを開いているのは、劇団「渡辺渡辺源四朗商店」を主宰する、劇作家、演出家の畑澤聖悟氏。

渡辺渡辺源四朗商店

このプログラムには、演劇部の生徒から、普通の生徒等様々な中学生が参加。
中には、自分を表現することが苦手でそれを克服したいという男子生徒も登場していた。

演劇というものを通じて、劇中の登場人物の心情を想像し、自分がそれをどう表現したらよいのか。過去の経験や、その人物への役作りに、必死に取り組むプロセスとその成長ぶりを描いていた。


さて、私自身も、この「演劇」という視点について、兼ねてから非常に興味をもっている。実際、流通業に身を置いていた時代、店舗で従業員を指導する際に、この「演劇」の視点というものを使わせて頂いていた。

お店はステージ、スタッフは役者、そして、お客様はこれからおもてなしするゲストであると。。。

特に高校生のアルバイトスタッフは、生まれて初めての接客業となると、非常に緊張するものだ。そうしたスタッフに、君は店舗というステージで演技する役者だと役割を明確にし、「どう演じたらよいか」という視点で説明すると、意外に理解が早い。


「演じる」ということは、客観的にその立場・役割を観察し理解し自分なりに表現する行為でもある。この客観的な視点で立てるかどうかが、結構、ポイントなのかもしれない。

「演劇」と「教育」。

全く異なるような分野のようだが、意外に共通する要素が隠されているのかもしれない。

2010年9月19日日曜日

日本の技術は、誰に依存しているのか。。

今朝のサンデーモーニング(TBS系)のワンコーナーで、「日本の技術」というものを取り上げていた。

他国から欲しがられている「日本の技術」。

技術立国日本の頭脳というべき「日本の技術」が、最近、海外へ流出していると。


例えば、長年日本の製造メーカーに勤務していた人が、退職後、海外の企業に就職。
更には、ヘッドハンティングにより海外企業へ転職というのもあるらしい。


日本企業は、低迷する景気を理由に、多くの企業がリストラを行うなど、人材の流出が起きている。
そうした流出とともに、技術ノウハウそのものも流出してしまっているのだ。


80年代後半から、90年代、多くの企業がアメリカナイズされた手法を取り入れ始め、従来から培われた、いわゆる「日本流」の経営を捨てた。

「成果主義」を積極的に取り入れ、利益・効率重視の舵取りをするようになった。

「人」についても、同様に「コスト」と考える思考が増え始めた。

私の周囲にも、何人かの経営者は、「人」=「コスト」と明確に断言している人もおられる。

更に、「人を仕入れる」と露骨に表現するシステム開発会社の経営者すらいた。個人的には、この言葉を耳にしたときには唖然としたが、私が知っている中でも、やはりそこの組織の人材の出入りの激しい組織の一つだ。自ずと、採用費、教育費への依存は高い。


さて、その「人」の出入りが激しいと、実は企業にとって致命的だ。特に、技術系開発会社にとっては非常にその影響は高い。

出入りが激しい企業ほど、その人が所有す知識やノウハウが集められる仕組みは構築出来ていない。会社に対して、ロイヤリティとまでは言わないが、愛着が無い分、そうした情報が集まらないのは当然だ。

こうした動きは、開発会社ならず、サービス会社にとっても同じ。

すべての法人活動は、人によって成り立っている。

その「人」が、組織にとってどう存在すべきか。

そろそろ、バブル期の思考を捨てて、日本人の性格や風土に合わせつつ、グローバルな競争に勝てるための考え方というものを、真剣に考える時代が来ているのだろう。

2010年9月18日土曜日

衣・食・住、そして。。。

携帯電話を持ち出して何年たつだろう。

携帯電話を初めて手にしたのが、社会人1年生の夏。
ノキア製の筆箱のような形のものを選んだのを今でも思い出す。

あれから十数年が経過した。

携帯電話で写真や地図が見れ、ゲームが出来、果ては、海外のテレビやラジオなどを聞くことが出来るようになると、当時、想像もしなかったことが、今では当たり前のようになっている。

さて、この携帯電話を利用している人間は、世界でどれくらいいるのだろう。

こんなニュースを見つけた。

■携帯電話:加入件数50億、世界人口の7割 米調査会社
http://mainichi.jp/select/biz/news/20100918k0000e020043000c.html


なんと、世界人口の7割が携帯電話に加入しているのだという。

アフリカのマサイ族も携帯電話を持つというのも頷ける。

この統計を発表した米国調査会社は、「携帯電話は衣食住とほぼ同レベルの必需品」と分析。


さて、こんなに携帯電話が普及すると、我々のライフスタイルも変わらざるを得ないことも、多々あるだろう。

携帯電話は、子供から、大人まで持つ時代。

子供にとっては、悪質な情報からの防衛や、コミュニケーションが未熟なことによるいじめの問題。

大人も、ビジネスマナーとしての携帯との関わり方、機密情報の漏えい防止などなど。

我々の生活に関わるあらゆる面での法律の整備も、時代とともに考えなければならない。
さらに、端末自身の技術向上により、今やもはや、電話というよりも、多機能端末。

「衣・食・住・情」というべきだろうか。

情報を如何に収集し、如何に発信し、如何に利用出来るか。

そうしたスキルが、子供から大人まで当たり前に求められる時代。

技術の発展とともに、そうした視点での人々のスキルの向上が急がれる。。。

2010年9月17日金曜日

適材適所

仕事柄、様々な人とお会いする。

同じ業界の人から、まったく異なる業界の人。
同世代のひとから、人生の諸先輩から、後輩など。


様々な人とお会いしていると、色々なことが見えてくる。

人には、それぞれ個性もあり性格もある。
それらが、上手く仕事にマッチしている人、そして、無理しているなと感じられる人、様々だ。

性格をみても、こんなパターンがあるのかもしれない。

  1. 人に対して話をすることを得意とする人
  2. 新しいものを生み出す、想像力に長けている人
  3. ロジカルに問題を解決することが長けている人
  4. 人の心を惹きつけるのが上手い人
  5. 決められたことをきちんと段取り良くこなすことが長けている人
  6. 人と人との間で上手く調整することに長けている人
  7. 人の長所と短所を上手く汲み取り長所を上手く引き出すことに長けている人
  8. 新たなことにチャレンジし、取り組むことを好む人


ちょっと考えて見ても、こんなことが考えられる。

これらの特徴を上手く活かしている人、あまり活かしきれていない人それぞれだ。

私自身、シチュエーションによって活かしきれていないことも多々あるだろう。
どうしても、そうしたシチュエーションを自分でしか対応できない場合等、尚更だ。


組織で動いている場合は、個人で動く場合と異なり、それだけ多くの強みを持つ人がいる。だからこそ、その強みを生かしたチーム作りを行うべきだろう。

また、一方で、自分自身の得意分野を常日頃から客観的に分析する目も、忘れてはいけないだろう。自分自身がそれを意識していないと、無意識に、自分にとってマイナスな結果を生むことにも繋がりかねないからだ。


本日、菅改造内閣が発表された。
それぞれの閣僚の強みを大いに発揮して、政府を動かしてほしいものだ。


人事は、あくまでも適材適所。。。そのためには、その人の特徴を上手く掴み取ることが第一歩。

2010年9月16日木曜日

ユーザー視点で考えるということ。。

日々のニュースを見ていると、子供が巻き込まれる事故が多いのに驚く。
昔に比べて多くなったのか、そもそも昔は報道されていなかったのか。。


そんな中で、消費者庁で子供の事故予防に関する携帯メールの配信が本日スタートした。

消費者庁:子ども安全メール配信 保護者向けに週1回程度 (毎日.jp)


消費者庁 携帯サイト


たばこの誤飲や火遊びなど、身の回りにある子育て中の保護者向けに、注意喚起を目的としたメールを配信するとのことだ。

事故防止の豆知識やワンポイントアドバイスを提供するのだという。


さて、役所が号令をかけてこうしたことに取り組むことは非常に良いことだと思うが、手法に対して、やや疑問に思った。


こうした情報を必要とする保護者が、実際、どれだけ消費者庁のサイトを訪れるのだろうかと。。

もともと、こうした情報は、親から子へ伝えられるものだが、核家族化が進みこうした知恵の伝授が減ってしまったのだろう。

子育てにおける情報は、ネットで探すというスタイルが主流になっているのが現代だ。
ただ、ネットでこうした情報に接するときに、どのような方法で情報を収集するのかというのがポイントだ。

恐らく、子育て等のポータル、Q&Aコミュニティなどといたところにアクセスするのがまず考えられるシナリオだ。


せっかく、国が主導でこうした情報を発信するのであれば、こうしたWEBサイトを運営する民間企業と、もっとタイアップして情報コンテンツを提供するなどしてみたらどうかと思う。


情報を各種媒体を通して発信する場合、その情報を提供したい相手が、どのような人でどのようなシチュエーションで情報を収集しようとしているのか、まず考えなければならない。

所謂、ターゲティングと、想定するターゲットの行動の考察。


無駄にお金を使ってしまう前に、やるべきことはいくつもあるだろう。

2010年9月15日水曜日

最近、仕事上で思わず口に出しそうになるフレーズ。

「今になって、そんなことを言い出すのですか。。」


多くのプロジェクトで、「そもそも論」的なところでプロジェクトが、右往左往することがあるのだ。

その多くの理由が、

  • 経営層の方針が急に変わった
  • 他の部署からの横やりで、方針が変わった
この2つに集約されることが多い。


私自身、もともと日々変化の激しい流通畑出身であるため、「変化対応」というものには慣れているつもりだ。顧客ニーズの変化、社会環境の変化により、舵取りを変えざるを得ない状況になることには理解している。

こうした理由により、経営層の方針が変わったということに対しては、私は理解している。


一方で、こうした理由ではない内容で、上記のような状況が発生することがあるようだ。

その理由として考えられるのが、
  • 明確なビジョンが経営層と現場層とで共有されていなかった
  • 経営層が、現場層のプロジェクト内容を理解せず進み、途中で確認した際に、各層との認識にずれが生じていた
  • プロジェクトの認知が社内的に共有されず、本来関係すべき部門が、後になって参加する事態となった
  • 横の部門間の役割や立場が相互に理解出来ていなかった
といったものが多い。

これらに共通するのが、「コミュニケーション」。

上下間の「コミュニケーション」。左右間の「コミュニケーション」がしっかり出来ていれば、コンセンサスは勿論、急な変化対応にも柔軟に対応できる。


コミュニケーションが減少し、組織が硬直化している時こそ、こうした事態を招いてしまう。

コミュニケーションは、ただ単に指示命令が飛んでいることで出来るわけではない。
総方向に、情報の授受そして、相互理解が出来て初めて、コミュニケーションが成立する。

そのためには、ITツールの導入といったものだけでは解決されるものではなく、コミュニケーションが行われる「場」というものが、どのようにマネジメントされているかが重要になるのだ。


一日の業務で、どれだけの会話がされているだろうか。
そして、どれだけの会話が出来る「場」が存在しているだろうか。

今一度、振り返ってみると、その状況が見えてくるかもしれない。

2010年9月14日火曜日

不景気の影響か、テレビの番組作りにおいてもその影響が出ているニュースに注目したい。


制作経費も時間も減って、NHKの字幕放送減る (YOMIURI ONLINE)


総務省が発表したテレビの字幕放送の総放送時間に占める割合の結果。

NHK、民放含めて初めて前年度実績を下回ったとのことだ。

字幕放送は、そもそも聴覚障害者などに配慮して実施されているもの。

最近では、ニュース等では音声認識の技術を取り入れて文字放送として放送していると耳にする。

しかし、こうした作業が番組制作においての追加費用として、そこに予算を割けられない状況になっているようだ。


字幕放送は、アメリカでは「クローズドキャプション」システムとして、ニュースから映画など様々な番組でも提供されている。
アメリカは、日本よりも先行して運用されており、聴覚障害者だけでなく、高齢者の視聴補助、読み書きが出来ない大人から子供までの文字学習、移民のための英語学習などに利用されている。
最近では、スポーツバーなど賑やかな場所での表示等にも使われているのだとか。


さて、日本の番組はどうか。

ざっとみて、こうした目的以外の「テロップ」表示が非常に気になる。
かつては、こうした「テロップ」表示は少なかった。

番組上の演出なのだろうが、個人的に非常に「ムダ」に感じることも多い。

あまりにも「テロップ」を安易に用いていないだろうか。


特に報道番組等での「テロップ」の挿入は、ある特定の情報を強調したりすることにもつながり、偏向報道にも繋がりかねない。
実際に、そうした問題にまで発展したこともあるようだ。

また、制作作業が増え、限られた時間で作業を行うため、タイプミスや確認が漏れたまま本番で表示してしまうということも多々ある。最近の生放送の番組内での訂正案内が多いのも、こうしたことが背景にあるからだろう。
訂正案内を聞かない日が無いくらいだといっても、過言ではないだろう。


不景気になり、制作費用が圧迫されるのは、当然、我々でも想像出来る。

しかし、どこの費用を削り、残すべき予算は何なのか、もう少し検討する必要があるのではないだろうか。

不必要に多く登場するゲスト、大人数のレギュラー陣。番組にそれほどのレギュラーやゲストが必要なのかという時さえある。

本来の番組の「質」を考えれば、もう少し賢い費用の使い方が出来るのではなかろうか。

番組の質が低下すれば、視聴者も減る。
視聴者が減れば、民放であればスポンサーも減る。


そろそろ、本腰入れて考えてほしいと思う今日この頃だ。

2010年9月13日月曜日

日本文化 vs フランス文化

日本のポップカルチャーが、海外で騒動を起こしているそうだ。

村上隆氏、ベルサイユ宮殿での作品展に賛否両論(AFP BBNews)



村上隆氏は、ポップアーティスト。日本のアニメなどのポップカルチャーを題材にした作品を多く手掛けている。

六本木ヒルズのキャラクターや、ルイ・ヴィトンのカバンのデザインなどでも有名だ。


そんな彼のアートが、この度、フランスのベルサイユ宮殿で作品展として開催される。

この展示が、物議をかもしているようだ。


ベルサイユ宮殿とは、ルイ14世が建てた宮殿。バロック建築にて建設されて、豪華さと完成度で荘厳な建造物としても知られている。
宮殿内にも、様々な装飾、壁画、彫像物等がある。

今回、これらの歴史的なものとの「文化のぶつかり合い」が作品展のテーマなのだという。

確かに、こうした歴史的な装飾や建築物をわざわざ観に来た人にとっては、村上氏の作品は奇異に感じるだろう。


村上氏自身の作品も、マンガ的でカラフル。かなり個性があり、過去にも物議をかもしたエロティックなテーマのものさえある。好き嫌いもあるようで、万人に受け入れられる作風ではないのも事実。

特に村上氏の作風とベルサイユ宮殿の歴史的なものとは、非常に対照的だ。
コンセプトとしては、そこを狙ったそうだが、そこが逆に物議を読んでいるのだろう。


さて、作品展は明日9月14日から12月12日。

文化の違いというものを、どう捉えるかで、この作品展の見方も変わってくる。

作品展主催者側は、きちんとのコンセプトもPRすべきだ。
でなければ、ベルサイユ宮殿ファンには、反感を持たれてしまうのも当然である。

会期3ヶ月間に、恐らく賛否両論は続くだろう。
この議論から、何か新しいイノベーションも出てくるかもしれない。。。

2010年9月12日日曜日

羽田空港 新国際線ターミナルに訪れる

今日、休日を利用して羽田空港で開催された「空の日フェスティバル2010」に行ってきた。

「空の日フェスティバル2010」羽田空港ターミナルBIGBIRD





この「空の日フェスティバル2010」は、国土交通省や航空会社などによる実行委員会の主催によるもの。

今回は、4本目の滑走路となるD滑走路の完成を記念したイベントや、来月より運用開始となる国際線ターミナル横で、航空機や航空関連車両の展示会などが行われた。

写真は、来月より運用開始となる国際線ターミナル。

まだ運用開始前ということでウィングには、駐機された機材はないが、来月20日以降は新しい東京の玄関口となる。


さて、今日のイベントの話題そのものから離れてしまうが、一般のビジネスにおいて、意外にも航空業界のノウハウというものが、参考になることが多い。


例えば、大きな機体を操縦するパイロットのマネジメント。これは、チームマネジメントからリスクマネジメントまで、色々な側面が我々のビジネスにおいて参考になる。

また、機材を効率よく運用するためには、「段取り力」が求められる。到着して乗客を降ろし、次の便まで効率よく準備し、オンタイムで出発の段取りまでこぎつけられるのこそ、この「段取り力」そのものである。


また、機材の整備。航空機は乗客の命を預かる。だからこそ、ちょっとしたミスも許されない。つまり、ここでのノウハウは、品質管理の手法にも応用できる。


これらだけでなく、様々な側面で、応用出来るヒントが眠っている。
そういう意味でも、私個人として、航空業界には非常に興味を持っている。


ベンチマークの一例として、研究されてみてはいかがだろうか?

2010年9月11日土曜日

同時多発テロから、9年。。。

今日は、9月11日。とある大事件が起こった日。

そう、今から遡ること9年前の2001年9月11日。あのニューヨークのワールドトレードセンターとワシントンのペンタゴンを狙った、アメリカ同時多発テロの起きた日だ。


私が、これまでの人生の中で、いくつか鮮明に記憶が残っている日の一つだ。

2001年当時、私は大阪のとあるプロダクション会社に勤務。
毎日のように残業が続く毎日。三十路に足を踏み込んだ当時、特に苦も無く当たり前のように過ごす毎日だった。

そんなある日、部下と私の二人が会社に残り仕事をしていた際、部下がYahoo!ニュースを見て、その第一報を知る。

当時の第一報は、「NY、世界貿易センタービルに小型機衝突」。
セスナ機か何かがぶつかったような報道だった。

そして、その後、徐々に詳細な情報が入ってくる。

そんな中、私の携帯が、今まで聞いたことの無いような着信音を鳴らした。
そう、当時のJ-Phone(現ソフトバンク)のサービスである「ステーション」というサービスの緊急ニュースの配信だった。私が、そのサービスを受け取ったのは、それが初めてで最後でもだった。

「どうやらテロでは?」という視点で、刻々とニュースが伝えられる。

部下と、「戦争になるんじゃないの?」と冗談半分に話していたが、それがその後現実のものになったのだった。


そして、帰宅後もすぐにテレビのスイッチをつける。
画面に映ったのは、2つのビルからモクモクと立ち昇る黒煙。

数分後、1つのビルが崩れ始める。生中継している英語の実況中の声の主が叫んでいるのが聞こえる。そして、更に別のビルも崩壊。

私自身、このワールドトレードセンターに訪れたことがあったため、あのビルが、こんなにもろく崩れてしまうのが信じられず、数分間声が出なかったのが今でも覚えている。


このように鮮明に覚えている事件・事故は、いくつぐらいあるだろうか。
私にとって災害系や事故系は、この他にも身近に起きたものも含めて、いくつかある。

こうしたものは、いつまでも覚えているものだ。


さて、「情報を伝え聞き、覚える」という場合、こうした印象に残るエピソードと一緒にするといつまでも覚えているものだ。

特に、時間軸での出来事は、大きな事件などと絡めて覚えていることが多い。

何かを伝えて、覚えてもらいたい場合、インパクトのあるメタファーやエピソードなど添えてみるとよいだろう。

2010年9月10日金曜日

地球の裏側、南米チリの鉱山で発生した落盤事故、その後、どうなっているのか。

最近、救助グループの心理学者が語ったところによると、非常に健全に過ごしているようだ。


地下の33人「驚くほど健全」 チリ落盤、心理学者分析(asahi.com)


記事によると、心理学者の先生が、閉じ込められた作業員と電話等で声の調子や表情、話の内容から、その状況を観察しているそうだ。

現在、地下に閉じ込められた33人は、リーダー的な役割、精神的な支えになる人、雰囲気作りのひとなど、それぞれが上手く役割分担が行われ、これが異常な状況下でも落ち着いている理由の一つなのだとか。


これは、スポーツでもビジネスにおける組織でも同じだ。

強いチームは、個々の役割が明確になっており、そこに所属するメンバー自身もきちんと自覚し理解している。

弱いチームは、その逆だ。

ビジネスにおいても、この役割分担が明確になっていない場合がある。

自分が所属する組織だけでなく、例えば、お客様側と企業側との関係もそうだ。

例えば、お客様と一緒に何かをしなければならない場合。つまり、発注側の役割と受注側の役割。それぞれが、どこからどこまでを責任もって行わなければならないのか、明確になっていないと、トラブルに見舞われる。

プロジェクトを開始するキックオフの際に、これらは明確にしておく必要があるのだ。

プロジェクトの遅延は、こうしたことが明確になっておらず、お見合い状態に陥り、結局放置状態がそれを招くことで発生する場合もある。


また、自身のキャリアアップという視点でも、自身の役割をきちんと理解することが大切である。正しい目標設定を行うためには、自身の役割が明確になっていないと行えない。もちろん、そうした部下を持つ上司は、部下の役割をきちんと明示しなければならない。

役割分担と書くと、非常に薄っぺらいように見受けられるが、マネジメントという観点でみると、非常に重要なポイントであることは、常に肝に銘じなければならないだろう。

2010年9月9日木曜日

スマートフォンの使い方も、色々と用途の幅が広がっているようだ。

千葉県で「電話」としてではなく、あくまでも「ツール」として利用している事例を紹介。

スマートフォンで議案採決 千葉県流山市議会が初導入(47NEWS/共同通信)

スマートフォンで議案採決、千葉・流山市議会(YOMIURI ONLINE)



議会の採決に、スマートフォンのアプリを利用しているのが千葉県の流山市議会。

一般の携帯端末より一回り画面の大きなスマートフォンの画面に表示された採決ボタンをタッチ。議会の採決のボタンとして利用するのだという。

議員以外が投票することの無いように、セキュリティも対応しているのだという。


今回、流山市議会が導入した背景には、通常の固定ボタン式の投票システムよりコスト削減効果があるのだという。

投票データは、そのまま会議場のモニタに表示されるだけでなく、WEBにも結果が連動するのだという。

本日、初めての採決が行われたそうだが、今までの方法に比べて採決に時間がかかってしまったそうだ。どうやら、議員自身がこうしたツールに慣れていなかったことと、事前の周知もあまり出来ていなかったからだそうだ。


さて、このようにスマートフォンも「電話機能」以外にも様々な応用範囲が広がる。
特に、ビジネスの視点では、まだまだ活用事例が広がるだろう。


スマートフォンは、電話機という視点ではなく、むしろ、様々な「情報」自身を手元で操作できるツールとして考えるべきだろう。

その使用用途は、情報の「収集」、「発信」、「加工・編集」の大きくは3つ。

そしてこれを如何に効率よく手のひらサイズの端末で行えるかどうかは、画面のインターフェースの設計にも関わってくる。

今後も、新たなツールの誕生に非常に期待するところだ。

2010年9月8日水曜日

職場のストレス。その原因を紐解いてみる。。

昨今、「職場のメンタルヘルス」や「職場うつ」というキーワードを耳にすることが多くなった。


そんな社会の流れに呼応したのか、厚生労働省のほうでは、企業が健康診断とはべつに、「うつ」などの症状が無いかストレス検査の義務付けを検討しているようだ。


健診とは別にストレス検査、企業に義務付け 検討会提言 (asahi.com)



多くの職場で、「職場うつ」と呼ばれる精神疾患に悩む社員が、増加しているようだ。

ストレスの多い現代社会。しかし、過去に比べて何がそのような現象を増やしているのだろうか。これら「ストレス」というものでひとくくりにしてしまっていいのだろうか。


私自身、この「うつ」が増加しているのは、その原因の一つに職場のコミュニケーション量の減少があるのではと考えている。

十数年前の職場と現在の職場では、おそらく社員同士の会話が少なくなってしまっているのではないだろうか。

その原因の一つに、「ペーパレスによる電子化」「電子メール」といったITの負の影響があるのではないかと考えている。


ペーパレスによる電子化は、今まで紙の申請等の際のフェース・トゥ・フェースの会話というものを無くしてしまった。電子メールも同じく、お互いの顔を見ず、一方的なメッセージの発信に終わってしまう。

「顔」と「顔」を合わせてコミュニケーションを取るということは、その相手の表情から心理的な微妙な情報も伝達することが出来る。しかし、これらの表情を電子化されたコミュニケーションにおいては、なかなか伝達することが出来ない。


ちょっとした声かけや相槌やアイコンタクト。
こうしたことの積み重ねが、心理的な側面にも少なからず影響する。

ビジネスにおけるIT化における「功」は、様々なメディアでも検証されているが、その一方の「罪」も存在することにも注目したい。


今回の記事で、役所の方からストレス検査の義務付けの流れが取り組まれ始めているようだが、そもそも、「どうしてストレスが発生してしまっているのか」という原因にも、企業はフォーカスして見なければならないだろう。

2010年9月7日火曜日

統計データの信用を考える。。。

連日の猛暑。少々秋の気配は感じられ始めてはいるものの、今年は9月に突入した尚、暑い毎日が続いている。


そんな中、9月に入っても、国内の観測史上最高の記録を残したというニュースが飛び込んでいた。

しかし、その記録がどうやらあやしいというニュースも本日になって飛び込んできた。


京田辺39・9度、記録の有効性検証へ…気象台 (YomiuriONLINE)

「39.9度」って本当? 観測機器につる草 京田辺 (asahi.com)


どうやら、今回の京都府京田辺市の気象観測の機器の周辺に、ツタが絡まっていたそうだ。同地域の消防署での観測された気温のデータとも、少し開きがある様子。


気象台の発表では、今回の記録に直接の影響はないということであるが、こうした状況が発生していると、情報そのものへの信憑性が揺らいでしまう。


情報への信頼と言えば、昨今話題となっている、超高齢者の戸籍問題。
江戸時代生まれの人が、戸籍上生存しているというもの。

海外のメディアでも大きくこの問題は報じられたそうだが、そもそも長寿国ニッポンの統計データそのものへの信頼も、統計上の誤差の範囲とはいうものの、こうした事態があると揺れてしまう。


前者は、機械への頼りすぎの問題。後者は、仕組み上の問題。

どちらも、「現場でどのように情報が運用されているか」ということを冷静に観察すれば、問題は浮かび上がりそうなものだ。


情報の信頼性を維持するためにも、こうした視点で、適度に「点検」することも大事ではなかろうか。

2010年9月6日月曜日

ヒューマンエラーをどう減らす。。。

人というものは、ミスをするものだ。
しかし、度を超えると、それは許されるものではなく、異常事態として捉えなければならないこともある。

その異常事態が、神奈川県川崎市で発生しているようだ。

それは、川崎市バスの経路ミスの問題。

市バスでまた経路ミス、右折地点で左折/川崎(カナロコ)

相次ぐ市バス経路ミス、市長が議会で陳謝/川崎(カナロコ)


路線バスが、決められた経路を通らず別のルートを運行してしまうというミスが、今年になって多発しているらしい。

通常でも年に数件は発生しているらしいが、川崎市バスは6月以降だけで23件。異常な数値である。私自身、小学生の時に一度だけ、自身が乗るバスが路線を間違えて、バックしたことを今でも覚えている。経験したのは、その時、一度だけだ。


原因は究明されていないようだが、既にいくつかの対策は講じ始めているらしい。

その一つは、車内アナウンスの変更。

停留所の案内アナウンスの中に、次に左折するのか、右折するのかというアナウンスを盛り込み、ドライバーへの注意喚起に繋げている。ドライバー自身もマイクで右折、左折の車内アナウンスを行い、再確認させる工夫を取り入れている。

そして二つ目は、停留所での注意標識。

これは、鉄道でも採用されている方式だが、停留所の標識に、行き先確認、方向確認を促す表示ステッカーを添付。鉄道の駅でも通過駅なのか確認させているのと同じだ。

そして三つ目は、営業所内での注意喚起を促す地図の張り出し。

間違えやすい交差点での注意喚起を常に意識させるために、地図を張り出し、注意すべきポイントを可視化させたもの。

そして四つ目は、究極の「人力による注意喚起」。

つまり、交通局職員が間違えやすい交差点付近に立ち、ドライバーに注意を促すという方法。

四つ目は、人件費もかかり非常に負荷のかかる対策だが、ミスが経るまで続けるのだそうだ。


さて、こうしたヒューマンエラーを防止する取り組みは、ビジネスにおいても参考にしたいものだ。

しかし、気になるのが、「どうしてこういう事態が起きたのか」という原因究明。

本日も1件、発生してしまっているらしい。
報道を聞いていても、その原因となる部分が見えてこない。

実は、まだ解決していない根本的な原因というものがあるのかもしれない。

それを見つけ出すまでは、ヒューマンエラーの対策も、対処的な策としてでしか機能せず、抜本的な解決には導かれない。


原因の究明こそが、まず、エラーを減らす第一歩になるのだ。

2010年9月5日日曜日

スマートフォンの使い方も、今年に入って様々な事例が増えてきた。

今日また、こんな事例を見つけた。


スマートフォンで素早い救急搬送 仙台市が独自システム (asahi.com)


救急搬送の際に、スマートフォンを使用して適切に素早く救急患者を病院に運ばせようとするものだ。
また、同様の症状の患者の対応ためにも、その時に対応した詳細な情報を、他の救急車にも情報共有出来るのだという。

今回のシステムの中心は、緊急搬送先の利用期間の情報をリアルタイムで現場で収集し活用出来るというものだ。


今まで、出動直前に紙面で搬送先医療情報を保持しておき、そこから搬送先を決めていたのだという。

恐らく、今までの手法と比べると、格段に搬送までの時間短縮には繋がっているだろう。

一方、こうした機器を使うことで事前に注意しておかなければならないこともいくつかある。

ます、スマートフォンであるが故、電波の状況。情報を授受する為には、携帯電話の電波の届く所でなければならない。常に、どこでも情報を授受出来ると過信してしまうのも禁物だ。

そして、緊急性を伴う場合のソフトウェアのインターフェース。
如何に、誤操作を防ぎ、ヒューマンエラーを発生させない設計になっているか。
一分一秒を争う場合、利用する人自身に負担のならないものが必要である。

そして、最後に気を付けたいのが、全てをこのシステムに頼りきらないこと。
つまり、万が一のための他の方法も確立させておく必要がある。

上記のような電波の通じない場所や、バッテリー切れ、本体自身の故障等により、そもそも端末が利用出来なくなってしまうことも、考えられなくはない。人の命に関わるための情報の授受においては、それらの想定外のシチュエーションを考慮したうえで、リスク回避策を予め取っておく必要があるだろう。


今回の場合は、現場の救急車車内でこうしたツールが使えない場合は、無線等により指令センター等で代替の対応が出来る仕組みなども、その対策の一つだろう。


恐らく、今回の仙台市消防局はこうしたことを考えてはいるだろう。

我々が、システムをビジネスで利用する際には、こうしたリスク管理も、オペレーション設計時からどこかで考えておく必要があるのだ。

2010年9月4日土曜日

新たな発見は、現場にあり。。

意外なものが、機械を誤作動させることがあるものだ。

昨日、虫1匹が、東海道新幹線を止めたらしい。

虫1匹、新幹線止めた ポイント制御機器に入り込む (asahi.com)



体長2cmの虫が、新幹線を制御する機器に入り込んで電流が流れなくなり、線路のポイントが制御できなくなったのだという。


様々なものが、電子化され、緻密に設計された機械であるが、たまに意外な原因により故障することがある。


ネズミによってケーブルがかじられたり、カビや湿気などによる漏電などによる故障も、たまにニュース等で目にすることがある。


我々が、システムを設計する際に、意外に見落としがちな視点でもある。

こうした視点は、中々、デスクワークの中では気がつかずに見過ごしてしまうものだ。

実際に使う機器が、どのような場所でどのようなシチュエーションで利用されるのか、実際の現場で使われて初めて気がつくことさえある。


これらは、システムだけではない。

広告のクリエイティヴでも、どのような媒体で利用されるのか。
店舗のオペレーションでも、どのようなシチュエーションで運営されるのか。

それぞれ、「現場視点」というものが重要だ。


これらを設計する際には、可能であれば、自ら足を運び、その「現場」というものを実際に観察し、理解することをお勧めしたい。

必ず、少なくとも幾つかの新たな発見がそこにはあるだろう。

2010年9月3日金曜日

死後のデジタル資産の取扱。。。

以前より、個人的に私が気にしていたこと。
それは、ユーザーが死亡した後の、保有していたデジタル資産の行方。


やはり、同じことに注目している人はいるものだ。
こんな記事を見つけた。

もし急死、デジタル資産どうなる 米で相続サービス拡大 (asahi.com)



企業だけでなく、個人もインターネット上に様々な情報資産を持つ時代になった。
Blogに始まり、SNS、個人サイト、更にはサイドビジネスでキャッシュを生んでいるECサイトなどを運営している人もいるだろう。

そうしたデジタル資産は、保有者自信が死亡したあと、一体どうなるのだろうか。

インターネットが普及して早10数年。

そろそろ、こうしたことにも注目される時代が到来だ。


亡くなられた有名人のBlogにも、注目され始めた。
某有名人Blogは、その故人の遺志を引き継いだ有志が運営しているという事例もある。
また、そのまま、情報として残しておくという事例もあるようだ。


一方、キャッシュを生み出すECサイトの資産価値は、どう引き継がれるのだろうか。
相続の対象として、どう考えられるのか。どう評価されるのだろうか。

まだまだ、環境整備は整っていないように思われる。

少なくとも、オンラインサービスを運営する側がまず考えるべきことは、サービス約款にも、こうしたことを想定して、どのように対応すべきかを、まず考えるべきなのだろう。

2010年9月2日木曜日

情報を伝える際に気を付けるべきこと

チリの北部で起きた、鉱山落盤事故。
事故発生から、まもなく1カ月が経過しようとしている。

地下約700メートルの避難所に33人が閉じ込められ、地上からの救出を待っている。


地上と避難所の間には、小さな通気口のみ。

そんな中で生活している鉱員を無事に救出するために、チリ政府がアメリカのNASAに健康管理などの支援を要請したそうだ。

チリ:鉱山にNASAスタッフ到着 政府に助言へ (毎日.jp)


NASAからは医者の他に、心理学者やエンジニアが助言するのだという。


記事によると、嘘の希望を与えないように救出の時期について正直に伝えることが重要だとアドバイスとのこと。


記事では詳しく触れていないが、私は、恐らく「伝え方」「言い回し」についてもアドバイスしているのだと推測。


情報を伝える際に、よくありがちなのが、その情報を伝える人の私見、思い、感情というものが、無意識に入ってしまいやすいものだ。

この私見や思い、感情というものは、その伝達する人の考えであり、事実ではない。

この事実情報に付け加えられた思いや感情によって、その情報を受け取る側の印象が左右されてしまうのだ。


まず、情報を伝達する際に、何が事実情報なのか、そして何が意見や思いなのかというものを、明確に意識しながら伝える能力も、こうした場合には必要になってくるものだ。

2010年9月1日水曜日

「防災の日」を迎えて考える。。。

今日は9月1日。新学期のスタート。そして、「防災の日」でもあった。


私自身、今日、とあるお客様とのお打ち合わせの際に、避難訓練に出くわした。
その訓練は、ビル全体での避難訓練。

お客様の事務所が入るビルは、30階以上のフロアがある高層ビル。

打ち合わせ中も、訓練の防災放送が全館に流れ、避難を促すアナウンスが。
各階で働くスタッフが、エレベーターを使わずに、1階ロビーまで避難する。


さてこうした防災訓練。みなさんは取り組まれているだろうか。

私自身は、自治会等で参加したことはある。
しかし、ビジネスにおいては、実は1度だけ経験があるのみだ。


地震や火災といったものは、いつ起きるかわからない。それだけ、常日頃からの心準備は大切だ。

今から10数年前に発生した阪神淡路大震災を、私は現地で経験した。
当時私がいたのは、マンションの11階。今までに体験したことの無い揺れを体験した。

地震直後、家の中は目茶目茶にになり、足の踏み場も無く、自室から出るのもやっと。

それから以降、「防災」というものにはプライベートでは、かなり意識するようになった。家には防災セットを用意し、地震保険にも加入。そして鞄の中には、防災マップを常に常備している。備えあれば憂いなし。


しかし、ビジネスにおいては、なかなかこうしたリスク管理に取り組むのは大企業でなければ中々難しいのが実情のようだ。

昨年、新型インフルエンザの流行とともに、BCPという考え方が注目され始めた。
BCPとは、「Business Continuity Plan」。つまり企業が、災害や事故により被災しても重要な事業を中断せず、例え中断したとしても可能な限り短期間で再開させるための、手順や計画を取りまとめたものだ。


特にこうした取り組みは、大手企業は先行して取り組んでいるが、中小企業はこうしたことに取り組む余力を用意できない。

しかし、少しでも取り組んでいるか否かで、万が一の時の対応が大きく変わってくる。

国のほうでも、こうしたことをサポートする為に、中小企業BCP策定のガイドラインを提供している。

中小企業BCP策定運用指針


こちらも、是非参考にされてみてはいかがだろうか。

2010年8月31日火曜日

「安全」と「効率」の天秤。。。。

少し古いネタだが、こんなニュースを見つけた。

JR西運転士ら、ATS警報装置にテープ 「音量調整」 (asahi.com)


電車の運行に関して、最近では様々な運行管理システムにより制御されている。
そのうちの一つが、ATSと呼ばれる自動列車停止装置。

列車の衝突防止や速度超過を防止するための安全装置だ。
速度超過した場合に、運転士に警報を与え、更に自動的にブレーキを作動させて停止させたりする。

さて、こうした安全装置なのだが、音量が大きいとのことでスピーカーにテープを張っていたのだという。


安全装置というものは、文字通り、安全に制御することを目的とされ設計された機器。
そのために、様々な安全策を講じるよう設計されている。


しかし、わざわざそうした安全策を取り除いてしまうことを人間は、時々考えてしまう。
その場の、そしてその一時の利便性、快適性を重視するあまり、そういう行動を取ってしまうのだ。


同じ鉄道の例では、「開かずの踏切」でも同じようなことがある。

とある首都圏の鉄道会社で実際にあった話。
毎日の通勤時間帯、列車の過密ダイヤにより、ほぼ1時間近く踏切の遮断機が上がらないという場所があった。横断者の「早く渡りたい」という要望に応えて、踏切の安全装置を切り、遮断機をあげ歩行をさせていたところ、運悪く、列車が通過し人身事故を起こしてしまったというエピソードがある。

横断者のことを思う思いは理解できるが、本来であれば、踏切を横断せずに済む方法を検討すべきところ、安易な方法で安全装置というものを解除する判断をしてしまった残念な事例。


システムにおいても、開発者はセーフティー機能を考えるが、使用者にきちんと伝わっていない場合もたまにある。

危険回避、リスクマネジメントをきちんと実行するのであれば、こうした状況に陥った場合、何を第一に判断基準とするのか、常日頃から組織全体で徹底しておかなければならないものだ。

2010年8月30日月曜日

如何に直感的に使い方を分からせるか。。。

日常生活で、我々は様々な機器を利用している。

洗濯機や冷蔵庫といった「白物(しろもの)家電」といったものから、オーディオ、テレビ、パソコンといったものまで多種多様。

そうした機器について回るのが、「取扱説明書」。

その「取扱説明書」が徐々にスリム化しているのだそうだ。


携帯電話の説明書、スリム化 「使えばわかる」主流に (asahi.com)


携帯電話やハードディスクレコーダー等、技術が進歩するとともに非常に多くの機能を搭載するようになり、その分、取扱説明書が何冊にもなるなど、使い手にとっては読む気が失せてしまう量のものもあるほどだ。

しかし、ここ最近は、記事にもあるように説明書自身が薄くなってきているのだという。メーカー側が、説明書を読まなくても良いように取り組み始めているのだとか。


さて、取扱説明書が「無い」ということで言えば、米国アップル社が代表格。

話題のiPhoneやiPadには、日本メーカーにあるような説明書は無い。
説明書など無くても、自然に分かるようなインターフェースを意識しているからだ。

街中にある様々な機器類。
例えば自動販売機や自動券売機、銀行のATMに、エレベーターのボタンなど、様々な場面で、私たちは「操作しなければならない」機器が存在する。

それらには取扱説明書は無いが、決して100点満点の使いやすさではないが、出来るだけ自然に利用出来るようにインターフェースが設計されている。


技術が進歩し様々な機器が登場する中で、最後に如何に人間に使えてもらえるかが重要だ。

どんなに便利でも、使い辛く分かり辛いものは、世の中に普及しない。


「技術」先行のモノづくりから、「人」中心のモノづくりへ。
時代は変わりつつある。

2010年8月29日日曜日

夢と魔法にも、その裏には仕掛けが。。。

東京ディズニーリゾートが、先日、開園してから入園者5億人を突破したとのこと。


ディズニーリゾート、入園者5億人突破 83年開園以来(asahi.com)



東京ディズニーリゾートは、当社の事務所からも近くにあり、多くの訪問者で賑わっている。

私自身、最初に訪問したのが開園1周年の4月。当時、祖父母含めてわざわざ関西から訪れたのだった。あれから20数年、ディズニーシーがその後開園し、周辺商業施設やモノレールが開通するなど、一大リゾート地と発展した。


さて、ディズニーリゾート、特に東京ディズニーランドの話題となると、キャラクターが話題の中心になってしまうが、パーク自身の設備の演出、接客オペレーション等に注目して見ると、いろいろとベンチマーク出来るものが多々ある。


例えば、有名なのがパーク自身の導線設計。

パークのエントランスは1か所。その1か所を介して、物販を中心としたワールドバザールというエリアを通ることで、パークの中心に出る。シンデレラ城を中心に放射上に各テーマエリアに広がる。非日常空間を演出するために、パーク外の風景は全く見えないように設計されている。大阪のユニバーサルスタジオと大きな違いだ。
また、シンデレラ城を中心に放射状に広がっているため、どのエリアにいても、今どのあたりにいるのかが分かる。
そして、帰路時には、先の物販エリアを必ず通らせることにより、お土産の購入促進にも繋げている。


この他にも、マーケティング的にも様々な仕掛けも隠されているが、詳しくは別の機会に触れて見たい。


さて、このような成功している商業施設。

そこには、隠された取り組みが多くあるものだ。

週末にぷらっと訪れたところを、そうした視点で見て見るのも、なかなか面白いものかもしれない。


2010年8月28日土曜日

フィッシングサイトが立ち上がる。。。

ゲームサイトを運営するGREEを騙ったフィッシングサイトが立ちあがっているようだ。


GREE を騙るフィッシングサイト登場−フィッシング対策協議会が注意促す
毎日jp)

フィッシングサイトとは、とある企業になりすまして、個人情報やメールアドレスを登録させるもの。この情報をもとに、振り込め詐欺や架空請求などの犯罪等にも使われる。

フィッシングサイトは、以前はPCサイトで多く立ちあがっていたが、最近では携帯サイトで立ち上がっているようだ。

PCサイトと違い、携帯サイトであるとサイトのドメイン名やURLが確認しづらく、巧妙に作られたページであると、気付かずに巻き込まれる人も少なくない。


GREEも、こうした事態を重く受け、通常のテレビCMを差し替えて、「社告」的な内容のものに差し替えている。非常に素早い対応だ。

しかし、GREEを利用するコアユーザーも、最近ではテレビを見ない人が増えていると言われている。こうした「社告」で伝えられる範囲も限界があるかもしれない。


フィッシングサイトは、非常に巧妙に作られて、見た目では分かりづらいものになっていることが多い。しかし、ちょっとした技術的な知識で「あれっ」と気付く方法はいくつかある。

そして、何よりも、その場で冷静に判断することで、今その段階で、そうした個人情報の入力の必要性があるのかをじっくりと考えると、「おかしいな」と分かる。


業界や行政によるこうした犯罪を防止する制度の構築が急がれる一方で、我々消費者も「危険回避策」の術を、常日頃から知っておくことも、必要なのかも知れない。

2010年8月27日金曜日

「紙」 vs 「デジタル」

日々伝えられるニュース。

このニュースを多くの人は、どのような経路で情報を入手されているのだろうか。

インターネット、テレビ、ラジオ、新聞など、様々な形でニュースを収集することが出来る。

そんな中で、本日こんな広告が出されたそうだ。

新聞協会加盟全103紙が一斉広告 紙の魅力アピール(asahi.com)

全国103紙、2種類の広告一斉掲載(YOMIURI ONLINE)


最近の私は、もっぱらニュースの情報源はインターネットとテレビが中心。

20歳代は、新聞からの情報収集がメインだったのだが、仕事上の関係もあるだろうが、いつの間にか紙からデジタルに移行してしまったようだ。


ところで、あらためて「紙である新聞」の良さとは何か私なりに考えて見ると、こんな感じかもしれない。

  1. 情報を俯瞰して閲覧できる
  2. 好きな部分から情報を閲覧しやすい
  3. 持ち運びやすい
  4. 情報閲覧に特別な道具がいらない

といったところであろうか。


「紙面」と「電子デバイス」の大きな違いは、物理的な制約がある部分。
画面のサイズによる表示の限界は、多機能端末であるiPadでさえ、現在ではその表現できる大きさには限界がある。

そういう意味で、新聞を大きく広げて情報を俯瞰して見るには、まだ紙面のほうに軍配があがるだろう。

しかし、長年慣れ親しんだ新聞のレイアウト構成以上に、工夫された表現が生み出されれば、この限りでは無いかもしれない。これは、上記の2つ目のことにも言える。

そして、上記の3や4も、機器の技術革新により、「紙」よりも使い勝手の良いものが出てくる可能性は、まだまだある。


そう考えると「紙面」である必要性というのは、やはり、将来的には無くなるのではないだろうか。


さて、今回の一斉広告。「紙の価値を再発見してもらう」ということが主旨のようだが、私としては、「紙」というよりも、その「情報の中身」が改めて問われているのではないだろうかと思う。

広告で取り扱われている内容は、手塚治虫氏の「下描き」や野口英世博士の母による「手紙」。「紙だから伝えられる人の思いがある」とのことだが、「ハートを如何に伝えるためにはどうしたら良いのか」という視点が大事なのではないだろうか。

つまり、「手書きだからこそ伝わること」という視点が、私が言いたいことだ。

手書きだと、その人の思い、感情、そして性格までも現れる。
字が上手くても、下手であっても、その人がどのような思いでその情報を伝えたかったのかが分かる。
だからこそ、個人的には採用の際は、デジタルで作成された履歴書よりも手書きの履歴書を好む。デジタルで作成された履歴書よりも、より多くの情報が伝えられるからだ。


ハートを伝えるためにはどうしたら良いのか。

それを考えると、デジタルであれ、アナログであれ、その伝達させるための最適なツールが何なのか、自ずと見えてくるのではないだろうか。

2010年8月26日木曜日

情報を「捨てる」ことに注目する。。。

超高齢者の問題が、引き続き続いている。

最近のニュースでは、三重県の163歳の男性が戸籍上生存というものまで流れている。

163歳とは、1847年生まれということで、江戸時代の黒船来航の6年前。
アメリカの発明王トーマスエジソンの生まれた年でもあるとのことだ。


さて、この三重県の事例に限らず、各地で超高齢者が戸籍上生存している人がぞくぞくと判明している。


電算化される前から存在するデータ。
年金問題にも同じようなことが言えるかもしれないが、データを移行する際に、こうした方々のチェックというのが、今の今まで、漏れていたのだろう。


システム構築をする際、データの収集や保管ということに対しては、非常にセンシティヴに取り扱われるが、案外、「いつ削除するのか」ということに対しては、結構、疎かにしがちである。


個人情報に限らず、仕事においてもプライベートにおいても、個々人によって「物を捨てる」という行為も、バラツキがあるようだ。

何でも捨てられる人。何でも取っておく人などなど。

私個人は、どちらかというと、「何でも取っておく」タイプの人間でもある。


何年か前に、「捨てる技術」という書籍がベストセラーになったことがある。
部屋の片づけや仕事の書類などの管理の仕方について触れたものだ。
私も、結構、参考にさせて頂いたものだ。


情報を整理する上では、情報のライフサイクルである「削除」という場面を、忘れてはならない重要なサイクルの一つ。


オペレーションを設計する上でも、「いつ」「どのタイミングで」「どのように」「削除(捨てる)」のかということも、きちんと決めておきたいものだ。

きちんと決めておくことで、不必要な情報を保有することがなくなることにも繋げられるのだ。

2010年8月25日水曜日

広告表現もガラパゴス化しているのか。。。

今日も、昨日に続いてタイ旅行ネタで。


今回のタイへの訪問は、私にとって初めて。

十数年前にシンガポールやマレーシア、インドネシアを訪れたことがあったが、当時の周辺地域のイメージが強く、今回、結構カルチャーショックを受けた。

特に印象に残ったのは、各所にあるデジタルサイネージ。

街の交通機関は、古くからあるバスとタクシーに加え、最近では地下鉄と高架鉄道の整備が発達している。

その地下鉄と高架鉄道のホームと車内には、各所にモニターが設置され動画の広告が流れているのだ。
更に、日本との大きな違いは、「音声」が伴っていること。「音声」があるだけで、随分騒がしくなるが、伝達出来る情報もその分増える。

車内も、日本のような「ごちゃごちゃした吊り広告」はなく、壁面広告のみ。更に、全車両1スポンサーであるため、何の広告かはひと目でわかる。
更にラッピング広告とも連動しているのだ。ラッピング広告も、日本のような「ちまちましたステッカー」的なものではなく、欧米で良く見受けられる窓も含めて車両全体を覆うラッピングだ。車両全体を覆うため、大胆なクリエイティヴ表現も出来、そして、必要最小限の情報量にシェイプアップされているので分かりやすい。

スポンサーの中には、三菱電機やダイキン、ヤクルトやグリコといった日本企業も名を連ねていた。

こうしたクリエイティヴを目にした率直な感想としては、何故、同じ日系スポンサーなのに、日本の広告クリエイティヴとこうも異なるのかと思ったりしたものだ。

いつも海外に訪れた際に思うのが、日本の広告は、「アドバタイジング(宣伝)」と「セールスプロモーション(販促)」が明確に区分出来ないクリエイティヴが多いことに気付く。

「アドバタイジング」と「プロモーション」は、そもそも異なる。
昨今では、「アドバタイジング」の費用対効果に対する不信感もあるのも事実。
個人的には、今までの交通広告などの費用対効果がそもそも正しかったのかというのも言いたいところだが、クリエイティヴ自身の「質」にも、私は懐疑的だ。

その「質」とは、本当に伝えたいことを絞り込み伝えられていたのかということだ。


多くの交通広告は、「知ってもらいたい」ことと、「売りたい」ことが同等に扱われてしまっているのだ。

「売りたい」意識が強く働き、あれもこれもとクリエイティヴに対して情報を詰め込んでしまうのだろう。また、一方で、法律による「変な表現の縛り」というものもある。
車内の広告の中には、誰も読めないような文字の大きさの注意事項など、多く見受けられる。個人的には、無意味なことをしているなとつくづく思うのだ。


情報をきちんと伝える際には、必要な情報のみにシェイプアップすることも大事である。

こうした日本の広告クリエイティヴに携わる企業側も広告代理店も、そして制作に携わるクリエーター自身も、原点に立ち返って、誰に対して何を伝えたいのか、目的は何なのかを、シンプルに考え直すべきではないだろうか。

2010年8月24日火曜日

サービスの本質が露呈するときとは。。。

先週末から少し遅めの夏休みを頂き、タイのバンコクに訪問してきた。

今回は、個人的には初めて利用する新興旅行代理店。
過去に、チケットの購入のみでの利用では、何度か利用することがあったが、ツアーでの利用は初めてだった。


3泊4日の短期ではあったが、今朝までは特に大きなトラブルも無く過ごすことが出来た。その今朝に起きたトラブルとは、帰国日当日のツアー客の寝坊。


最終日には、ツアーパックに参加した旅行客を、帰国時に旅行代理店が各ホテルを巡回しながらピックアップする。

今回のツアーは、出発時刻は日もまだ昇らない暗闇の中の朝の5時前。

私が宿泊したホテルを起点に、複数のホテルを巡回してピックアップしていった。

今回のトラブルは、その最終ピックアップのホテルでのことだった。
11名のピックアップの予定で、集合時間に集まっているのは、たったの3名。
8名が集合時間を過ぎたにもかかわらず、集合場所に集まらない。

ホテル側からも各部屋に連絡を入れるが、その時に起床した様子。

その後、5分経過、10分経過と時計の針だけが進み、まったく状況は変わらない。

旅行客の中には、苛立つ老夫婦も出始め、事は穏やかではなくなる。
現地タイ人添乗員も、このような状況を経験したことが無い様子で、上手く事態を収拾することが出来ない。苛立つ老夫婦のご主人は、添乗員の電話を取り上げ、直接代理店に対して苦情をぶつける始末。

30分経過ごろ、他のタイ人添乗員がヘルプに入るが、事態は収拾つかず、あたふたするばかり。

結局、40分経過して、4名が遅れて出てくる。20代の若者たちで、まったく悪びれたそぶりも無く、詫びも無く、周囲の旅行客から反感を買ってしまう。
恐らく、前日の夜遅くまで酒でも飲んでいたのだろう。そんな様子での登場であった。


さて、今回の事態。よくありがちな事態でもある。
出発時刻が早朝の場合は、想定できる話だ。

だからこそ、こうした事態を事前に予測し、それらを発生することが無いような工夫が必要だ。

そもそもは、寝坊をし集合時間を守らない旅行客が悪いのは確かだ。

しかし、その他の旅行客を気持ちよく帰国させるまでの仕事は旅行代理店の役割。

飛行機の離陸時間が刻々と迫る中、いかにお客様に安心させ、事態を混乱に導かないようにするのかは、旅行代理店側の力量。

更に、こうした早朝の集合時間の場合に、「寝坊客」を如何に発生させない工夫も一つのしどころだろう。旅行日初日、特に、「若い学生客」には念を押しておく必要はあるだろう。冗談を交えながらも、こうしたことが無いようにリマインドさせることも大切だ。


旅行という商品は、目に見れるものではなく、人の心に残るもの。
如何に、気持ちよく旅行できるかが、リピート対策にも繋がる。


教科書一辺倒のサービスだけでなく、こうしたイレギュラーな状況で、如何に対応が出来るかが、サービスの本質が問われるところ。


サービスオペレーションを実行する際には、こうした異常時の対処法をも含めて、常日頃から点検しておく必要があるのだ。

2010年8月23日月曜日

まだまだ、地球上には知られていないことはいっぱいあるものだ。。

人間は、この自然界のことをどれだけ理解しているのだろうか。
人間は、自分たちのことをどれだけ理解しているのだろうか。
人間は、これまでの過去のことをどれだけ理解しているのだろうか。

たまに、ふと思うことがある。

新種のサル、アマゾン川流域で発見…ネコぐらい (Yomiuri Online)


7年かけて大宇宙に飛び出して帰還した「はやぶさ」のような科学技術が進歩した時代に、こんなニュースが、飛び込んでくる。

地球上には、まだまだ未知の生物が恐らくいるのだろう。
また、未知の細菌やウイルスなども存在しているのだろう。

そして、正しい知識として認識しているものも、たまに「間違っていた」ということも良くある話。

最近では、恐竜には羽毛が生えていたというのが通説になりつつあり、鳥類がその子孫だとも言われている。

一方、欧米では、日本で当たり前のように教えられている進化論も、進化論と一緒に「異論」なるものも教えられているようだ。


何か新しいものを発見しようと考えた時、現状の状況や事象に対して、「疑ってみる」という考え方も、実は重要なフレームワークの一つだ。

何か、新しい仮説をたてたりする際にも非常に有効だ。


「何故」「どうして」という日々の生活において、様々な疑問を持ちつつ考える癖を付けておくと、こうした取り組みを行いやすくなる。


非常に閉塞感漂う現代だが、常に違った視点で物事を捉えて見るというのは、こうした環境を打破するための一つのきっかけになるのかもしれないと思ったりする。

2010年8月22日日曜日

時代は、モノからコトへ。。。

観光立国を目指す、ニッポン。

そのニッポンでの滞在中の観光客の「お目当て」がどうやら変わってきたそうだ。

ニッポン観光、目当ては食事 (Yomiuri Online)


日本政府観光局の調べによると、外国人観光客の日本を訪れる動機は今までは、「ショッピング」が連続最多だったらしい。ところが、直近の調査によると「食事」が1位になったそうだ。


「日本食」は、海外でも非常に健康的と評価され、それが来訪のきっかけになっているのだろうか。

先日も触れたが、中国人観光客、とりわけ富裕層の来訪目的も、従来のようなショッピングでは無く、富士山などの風光明美な日本の原風景が残る観光地であったり、茶室など文化に触れることを好む傾向に変わっているのだと。

また、先日、東京ビックサイトで開催されたコミックマーケットにも、多くの外国人の来訪があったようだ。世界最大の祭典ということで、わざわざ、コスプレの準備までして日本に訪れているようだ。


さて、このように見ると、海外観光客による日本への興味対象は、「日本製のモノ」よりも「日本でのコト・トキ」というものに対して、その対象が変わってきているのが読み取れる。


この「コト」や「トキ」は、人が感じる感覚によって伝えられる。目に見えない捉えづらいものだ。我々、日本人ですら、捉えることが難しい。

しかし、こうした「無形」の文化資産というものが、海外からの評価が高まっているのは確かだ。

これから、日本が観光立国を目指すのであれば、こうした「無形」のものを、どうアピールし、どう評価すべきか。まず、我々日本人自身が、学ぶべきことではないかと思う。

2010年8月21日土曜日

自治体の情報発信に目を向けてみる。。

先日、実は近所で火災が発生した。
もう少し、厳密に言うと、実家の両親の住む近隣マンションで火災が発生したのだ。


火災は建物火災ではなく、車両火災ではあったのだが、幸い、大事には至らなかったようだ。

さて、この第一報を私が知ったのは、実は行政が運営している「緊急防災メール」というもの。

このメールサービスは、上記のような火災だけでなく、ひったくり、不審者や振り込み詐欺などの犯罪情報、光化学スモッグや津波警報などの気象情報、そして近隣の交通機関の運行情報などを提供している。


最近では、こうした自治体の情報発信も積極的に増えているようで、従来の無線に加えて活用されているようだ。

私自身、自分たちが住む自治体の情報を取得できるよう登録しているが、万が一、自身が遠隔地にいても、こうした情報を取得出来るというところも、こうした仕組みのメリットの一つではないだろうか。


しかし、こうしたサービスも、実は多くの住民に認知されていないという課題もあるようだ。私の周囲も、知らなかった人が多数いる。私自身は、たまたま行政の広報紙で目にして登録したわけだが、広報活動が十分かと言えば、そうではないだろう。


インターネットを介すると、様々な情報のやり取りが行える。

海の向こうの米国サンフランシスコでは、Twitterを介して市民と役所がコミュニケーションを行い、行政活動に活かしているという事例もあるようだ。


そういう視点で、現状の日本の取り組みをみると、まだまだ活用できる要素は沢山あるだろう。クラウドを活用してコストを抑え、押さえた予算分で新たな取り組みに回すことも可能だ。

ただ、私としては、行政の広報活動に期待するだけではなく、市民も積極的に参加し意見することも大事なのではと、一方では思ったりするのである。

2010年8月20日金曜日

人間の「クセ」を、見つけ出すソフトウェア。。。

突然だが、皆さんはどのようにキーボードのタイピングを習得されたのだろうか。

私は、大学で情報コミュニケーションの講義のなかで、「正しいタイピング」というものを学んだ。所謂、タイプライター時代からの流れを受け継ぐもので、ブラインドタッチ、現在ではタッチタイピングと呼ばれている技術を修得した。

さて、このタイピングには、個々人によってその個性が出る。この人により異なるキーボードのタイピング、キーストロークにより個人を認証するというソフトが開発された。


キー入力「クセ」で本人確認…NTTコム、100%識別(YOMIURI ONLINE)


開発したのはNTTコミュニケーションズ。

このキーストローク。個人により入力の癖があるところに注目し、本人認証のシステムとして商用化を目指すもの。

事前に1000文字程度の文章を入力することで、本人の「癖」を登録し、その後の入力される文章を150文字程度ごとに認証するだという。


さて、本人の認証は、昔はID&パスワードにはじまり、生体認証など技術へと日々進化している。

今回開発されたソフトウェアは、大学などの教育現場での利用が考えられているのだとか。つまり、代理受講や「なりすまし」などの不正行為防止などにつなげたいのだとか。


ITシステムの技術の発展に伴い、こうした技術は今後も更に進化することだろう。

しかし、こうした認証技術やセキュリティ対策は、悪意のある人間の存在があるからこそ、どうしても求められてしまう。


そうなると、どうしても性善説から性悪説で考えなければならなくなってしまうのである。


こうした考えは、現代社会においてどうにか止められないものかと、つくづく考えてしまう。

2010年8月19日木曜日

睡眠の効用って。。

最近、日中も暑く更に寝苦しい夜が続いているが、ぐっすりと睡眠を取れている人はどれくらいいるだろうか。。


さて、睡眠と頭の働きについての研究についてのニュースを見つけた。

夢を見ると創造性が増す?(NATIONAL GEOGRAPHIC)



記事によると、睡眠中の夢が、記憶力と創造性を高め、将来を見通す力が高まる可能性を秘めているのだそうだ。


睡眠中の夢は、過去の経験を呼び戻して再構築する役割があるとのこと。

赤ん坊がその日に出会った人のことを、寝ているときに思い出しながら記憶するということを、私自身聞いたことがある。

「寝る子は育つ」という言葉にもあるように、睡眠と脳の成長は、少なからずとも関係があるのだろう。


一方で、最近、夜遅く街中で子供を見かけることが多くなった。私自身が、子供のころには起きていなかった時間に、出歩いているのである。少し、気になる傾向でもある。


さて、現代の社会人においては、なかなか十分な睡眠時間を取ることが出来ないのも実情だ。ITツールの発展により、場所も時間も選ばずコミュニケーションすることが出来るようになったことも、一つの要因かもしれない。


だからこそ、逆に、自分たち自身で時間管理というものをしっかりと捉えて、肉体を健康な状態に維持するだけの睡眠時間などを確保する習慣を付けなければならない。

「ON」と「OFF」。メリハリ付けてマネジメントすることも重要な仕事術の一つだろう。

2010年8月18日水曜日

角界にも、ITの波。。

賭博問題などで揺れる角界にもITの波が押し寄せているようだ。


親方の指は太いのでiPadで速やか連絡(日刊スポーツ)


日本相撲協会が、全51の部屋に対してApple社製のiPadを配布するのだそうだ。

導入の発端は、賭博問題における実態調査。その調査の際に、アンケート形式でFAXを介して、各部屋に依頼したそうだが、放置されたり期限を過ぎたりの混乱があったことによるものだと。

そして、正確に情報を伝達する手段として、ITツールの導入ということになったそうだ。

更に、PCではなくiPadを導入することになった理由は、iPadならではの特徴にあるらしい。それは、親方や力士は体格が良いため、それに比例して指も太く、PCのキーボードを誤打してしまう、それを避けるためなのだそうだ。


確かに、iPadは画面をタッチすることで操作する。

親方や力士だけでなく、高齢者やハンディキャップのある方にも容易に利用できる。


さて、ここで注目しておきたいのが、ハードではなくソフト側のインターフェース。

せっかくハード側で様々な特徴があるにもかかわらず、まだこれといったインターフェースのソフトウェアは数少ない。

PCソフトの焼き直しや、画面解像度の異なるiPhone用のソフトをそのまま利用しているものさえあるのだ。


iPadは、今までのPCユーザー層に比べて、より高齢層の囲い込みも想定出来る。
さらに、PC等と違って、今までとは一味違うシチュエーションでの利用も考えられるのだ。

そうしたユーザー側の視点も重視しつつ、新しいソフトウェアの誕生が期待される。

2010年8月17日火曜日

やり続けてきたことを、やめるということを考える。。

今まで継続していたことを、やめるということ。

これを遂行する際には、必ず何らかの波風が立つものだ。。


今日は、こんな記事に目がとまった。

内閣メールマガジン:菅内閣発足から2カ月経過も配信せず (毎日.jp)


小泉内閣によりスタートしたメルマガ。「積極的な国民との対話」の一環として発行され、その後の各内閣でも継続して発行されていた。

ちょうど、インターネットの普及の波に乗った形での配信。
そして、鳩山内閣からは、Twitterを介しての情報発信も行われるようになった。


しかし、菅内閣になってから2カ月経過した今もなお、配信されていないのだという。


さて、菅内閣になってからの情報発信で変化しているのは、以前にも触れたことがあるが、朝晩の記者会見。これが1日1回に減ったのだ。


恐らく、内閣としての「広報戦略」というものを、一度見直しをかけているのではないだろうかと思われる。


さて、こうした「見直し」について、そのまま曖昧に放置しておくと、またまたメディアの餌食になってしまう。
今後、どうしたいのか明確に方針を出すことが大切だ。


ところで、企業がサービスの終了を実施するときも同じように考えることが出来る。

お客様に関するサービスに関わるような場合、それを終了する際に、明確な理由、方針を分かりやすく示さなければ、お客様からの信頼に対して、著しく傷を付けることにもなりかねない。

そして、それらを実施する際の「一つ一つの段取り」も非常に重要だ。

この順番を間違えてしまうと、大きな命取りにもなりかねない。


さて、内閣の広報戦略。今後、どのようなものになるのだろうか。
非常に気になるところだ。

2010年8月16日月曜日

お盆を振り返る。。。

さて、今日までお盆休みという会社も多いのでは。
(ちなみに、私は暦通りの仕事ではあったのだが…)。

お盆休みのUターンラッシュも、一先ず終了。


今年のお盆の話題の中で、「高速道路の渋滞」。

当初の渋滞予想は、例年を超えると予想が目立った。
中には、100kmの渋滞が出るかもという報道もあったが、結局蓋を開けると、予想を下回る結果となったようだ。


お盆前から、相当のメディアによる加熱報道があったことが功を奏したのか、多くの道路で分散渋滞等になったようだ。


帰省客が、事前にメディア等の渋滞予想の報道により、回避策を取った人が多いのだろう。

事前情報を収集し、行動を取ることは非常に重要なことだ。

一方で、こうした「アラート予測」の精度に対する批判は、私個人としては余りすべきではないと思う。
これが、今回、事前に「あまり渋滞は発生しないだろう」という予測があったとする。
しかし、結果この予測を上回る渋滞が発生した場合、誰かが責任を取るべきなのだろうか。非常に難しくデリケートな問題だと私は思う。


この「アラート予測」は、気象情報や防災情報も同じ。
危険やリスクを回避するためにも、「より悪いシナリオ」を重視すべきだと私は思う。


ビジネスにおいても、社内での情報共有も、「ポジティヴな情報」と「ネガティヴな情報」があった場合、優先して「ネガティヴな情報」を取り扱うべきだろう。


ここに「責任論」を持ち込むと、即座に情報の流通がとん挫してしまうのだ。


今回のお盆の渋滞情報に関する報道は、ある意味、結果としてプラスに働いた情報告知だったのだと捉えている。

2010年8月15日日曜日

8月15日、今日は終戦記念日。。

今日は、8月15日、終戦記念日だ。戦没者を追悼して平和を祈念する日として、各地で平和を願うイベントが行われる。
多くのメディアでも終戦記念日を特集する番組が組まれている。

65年前の今日、1945年の8月15日に太平洋戦争(大東亜戦争)が終わったのだ。

さて、この終戦記念日。

実は、世界に目を向けると、やや異なるようだ。


まず、お隣りの韓国。
こちらは、8月15日を「終戦の日」とは呼ばず、「光復節」と呼んでいる。
日本による朝鮮半島の統治からの「解放」を祝う日としているのだ。


そしてもう少し遠い隣国のロシア(旧ソ連)は、9月3日を対日勝戦記念日、中国も「軍人節」「抗日戦争勝利の日」としている。

更に、アメリカやイギリスは、ポツダム宣言に調印した9月2日を対日勝戦記念日(V-Jデー:Victory in Japan Day)としている。

日本と同様に敗戦したドイツは、連合国がナチスドイツを降伏させた5月8日を「第二次大戦終戦の日」としている。



このように、同じ「戦争にかかわる特別な日」の捉え方を見ても分かるように、立場や視点が異なれば、それぞれの日そのものも変わってくる。


一つの事象に対して、その見る側の立場や状況によって変わるということを顕著に表わしている。


さて、普段の生活に目を向けて見よう。

物事が複雑に絡み合う現代。情報もあらゆるところで、あらゆる形で発信される。
しかし、その一つの情報を、一つの視点だけで見ることは危険だ。

情報を発信する立場の視点、情報を受け取る側の視点、客観的に一歩引いて冷静に見つめてみる視点など、考えられる様々な視点で考える癖を付けることをお勧めしたい。


日常のコミュニケーションにおいても、一息ついて、相手に立場になって考えて見ると、意外に情報伝達が円滑になるものだ。

2010年8月14日土曜日

「お盆」という期間に思う。。。

世間は、お盆シーズン、真っ最中。
各所で帰省によるUターンラッシュが発生しているようだ。
今年は、高速道路の無料化実験や割引なども絡んで、酷い渋滞が発生しているようだ。


ところで、この「お盆」という期間。
ご先祖様の霊をまつる行事として行われているが、意外に細かいことは知らないことが多い。


そもそも、この「お盆」の「盆」というのは、仏教用語の「うらぼんえ(盂蘭盆)」というのが正式な名称。

この「うらぼんえ」は、インドのサンスクリット語の「ウラバンナ」という言葉が語源だと言われている。

この「ウラバンナ」とは、逆さ吊りという意味だそうだ。

お釈迦様の弟子の1人が、地獄で逆さ吊りになり苦しんでいる母を助けるために、僧侶を招き多くの供物をささげて供養することで助けられると、お釈迦様にアドバイスを受けたというのが所以なのだそうだ。

こうした仏教の行事と、ご先祖様への感謝の先祖崇拝の心が合体したものが現在の日本のお盆。

ところで、このお盆期間中に、とある動物を用意する。
キュウリやナスに、割り箸などを刺し、足に見立てて、馬や牛を作るのだ。
「精霊馬」と呼ばれるそうだが、故人の霊魂がこの世とあの世を行き来する乗物なのだ。あの世から早く家に帰ってくるためにキュウリで作った馬でさっそうと、この世からあの世へ帰る際には牛でゆっくりと。。。
子供のころに、祖父母に教わったことを今でも思いだす。


さて、核家族化等が進み、家族におけるコミュニケーションも少なくなっている中、徐々にこうした風習等も過去のものとして、執り行われないことも増えてきている。

こうした過去から伝わる風習や文化などは、大切に後世に伝えたいもの。

お盆を迎え、ふとこんなことを考えて見たりするのだった。

2010年8月13日金曜日

白黒からカラーへ。。。

今晩、NHKで興味深い番組が放映されていた。

「色つきの悪夢」という番組だ。

色つきの悪夢~カラーでよみがえる第二次大戦~(NHK)


この番組は、人類史上最悪の「悪夢」と言われる第二次世界大戦を記録した「白黒フィルム」を最新のデジタル技術でカラー化して放映するというもの。

当時の白黒フィルムの1コマ1コマをカラー加工することで、映し出される映像が、よりリアルに強烈なメッセージを伝える。

私自身も何度も第二次大戦の白黒フィルムを見たことがあったが、当時のナチスドイツの赤い旗が靡いたり、爆撃のシーンやそこを逃げ惑う人々がカラーで映し出されると、その生々しさが、より鮮明に伝わってくるのだ。


今回のカラー映像化は、白黒情報に、色相、彩度の情報が付け加えられて再現されたのだそうだ。
当時の写真や各種歴史的資料などの情報を頼りに、色彩情報を追加されたのだという。


情報というものは、口頭による伝承に始まり、絵画による表現、文字による伝承、そしてモノクロ写真、カラー写真、モノクロ映像からカラー映像へ。
そして現代になり3Dによる映像と日々変化している。


過去の情報を、いかに正確に、リアルに伝えるということは、「情報を記録」する上で非常に大切なポイントだ。

終戦記念日を目前にした今日、こうした歴史的な情報を、より伝達力を高めて取り扱うというプロジェクトは、非常に意義深いものなのではないだろうか。
番組を見ながら、そう思ったのだった。

2010年8月12日木曜日

iPhoneがもたらす、「情報の携帯」

iPhoneの電話以外の使い方。

こんな記事を見つけた。


雑記帳:iPhoneで入園者に情報提供 京都市動物園(毎日.jp)


京都市動物園で、園内の情報をiPhoneで提供しようとするもの。

無線LANを介して、動物の解説や道案内、クイズ等のエンタメコンテンツもあるようだ。

京都市動物園:新たな園内サービスを始めました~iPhoneを利用した園内ナビなど

iPhoneは、従来の携帯電話よりも画面サイズが大きく、タッチ画面でインタラクティヴな操作を行うデバイスとしてはうってつけ。直感的なインターフェースのため、太いマニュアル等は不要。
更に、アプリケーションも柔軟に追加・変更が出来る。


さて、iPhoneユーザーが堅調に増えている一方、今年になってiPadという新しいデバイスも新たに登場した。私の周辺にも、iPadユーザーを徐々に増えてきている。

ところで、携帯のアプリと言えば、ゲームやユーティリティが主流だ。
しかし、今年になってからは徐々に、ビジネスユースが増えつつある。

PCを中心にしたASPサービスを、スマートフォンで利用しようとするものだ。

一方で、観光地や各種施設でも今回の記事のようなアプリの提供も始まっている。

「ユビキタス」という言葉が使われ始めて、数年が経過。
最近ではあまり使われなくなってきているが、ようやく、「いつでも、どこでも情報に接することができる」時代が、現実に日常生活に浸透し始めてきているのだろう。

2010年8月11日水曜日

役割分担でお互いを知るということ。。。

役割分担というものを少し考えて見たい。

仕事においてもプライベートにおいても、色々な場面で、自分自身の「役割」というものが存在する。

例えば、プライベートでも、「父親」「母親」といった立場があるだろう。

仕事においても、「役職」「職種」といった組織における上下関係の役割や、「発注者」「受注者」、「サービス提供者」と「受領者」といったように相対する役割の考え方もある。

その役割には、それぞれ「やるべきこと」「やるであろうこと」というものがあり、その遂行をそれぞれが願っている。

しかし、この「やるべきこと」「やるであろうこと」というものが、非常に曖昧であったり、思いこみしていたりしていることが多い。


「契約」至上主義の米国は、個々人の「役割」というものを明確にするのに対し、日本は非常にこうしたことを曖昧にしがちだ。

曖昧にすることで、事が円滑になる場合もあるが、逆になることも発生する。

つまり、双方が、それぞれの役割の内容に齟齬が発生しまい、揉め事に発展してしまうことがあるのだ。


「相手は、こういうことをするだろう」ということを明確に明文化せず、また口頭でも確認せず、結果、それが実行されず、問題が顕在化してしまうのだ。


我々は、結構周囲が何をしているか知っているようで知らないことが多いのではないだろうか。これらの違う部署、違う職種、違う会社に属する人が、同じプロジェクトで仕事を行う場合、相互に理解しあうことが非常に大切になってくる。

その環境の仕事の仕方、手続き、風習などは、やはり違うもの。
自分たちの流儀を押し通すと、フラストレーションが発生してしまう。

まずは、己を知り、そして相手を知り、そして相互が上手く連携するためにはどうしたらよいのかを考える。

こらが、まず第一にしなければならないことだと私は思う。

2010年8月10日火曜日

クラウドサービスの「信頼」のものさし

Evernote(エバーノート)というソフトをご存じだろうか。

手軽にメモとして情報を残したり、画像や音声を保存したり、様々な情報を整理することができる便利なアプリケーションソフトだ。
iPhoneアプリとして、PCソフトとしても利用出来る便利なソフトでもある。

ソフトウェアの使い方を紹介する書籍等も発刊されるなど、利用者が拡大しているのだ。

さて、このEvernoteソフトにアクシデントが発生してしまった。

エバーノート:システムトラブルでデータ消失 利用者約7000人に (毎日.jp)


このEvernoteによるデータ保存サービスにおいて、システムトラブルにより、一部のユーザーのデータが消失してしまったのだという。その数、約7000人。

私はアプリをインストールしているものの、積極的には使っていなかった。


さて、こうしたクラウドサービスが、日々増えているのが現状。
無料のものから、有料のものまで、様々生まれている。


クラウドサービスで、一番導入時に気になるのが、「安定、安全」だろう。

先行するクラウドの代名詞ともなり始めているサービスのGoogle社やSalesForce社は、こうしたものへの対策は、非常に厳しく取り組まれている。
体感的にではあるが、以前のような「不安」というものは、今は個人的には感じていない。

今回のEvernote社の件は、ソフトウェアとしては、非常に使いやすいインターフェースで評価も高いので、今後、是非とも同様の事態を招かないようインフラ面の強化に対して積極的に取り組んでもらいたいものだ。

2010年8月9日月曜日

価値ある文化遺産を後世に。。。

都会の通りを歩いていると、時々、古いがモダンな建物というものに目にすることがある。

丸いアーチ状の窓枠や、装飾が細かく施された外装のもの、石造りの外壁など、現在の合理化された近代建築では、中々見ることができない重厚な作りの建物などが、たまに見ることができるのだ。


そんな中で、今日、こんな記事を発見。

戦災逃れたモダンな「復興小」解体か保存か 東京・中央 (asahi.com)


東京のど真ん中にある、中央区立明石小学校の校舎の建て替え問題。
この明石小学校は、関東大震災直後に建築された「復興小学校」と呼ばれる学校の一つ。
1920年代に建てられた、建築的にも現存するものが数少なく、非常に珍しく価値のあるものだそうだ。

先日、テレビ番組でも取り上げられていたが、校舎の中の天井も非常に高く、採光も工夫され、丸い柱やアーチ窓、そして階段の踊り場から手洗い場など、各所に曲線を取り入れられた「表現主義」で設計されている。

アメリカ等に訪問した際、こうした「表現主義」の建物を、今でも古いデパートや駅、美術館や博物館、公共施設などで多く見受けられる。

日本では、こうした価値ある建物の多くが、取り壊され、時代の流れに埋もれて消えてしまっている。

これは、日本の街並みを見ていると、欧米の街並みと比べてその違いを感じることが出来る。欧米の街並みは、きちんと計画され、統一感があり、古いものを活かしながら新しい建築を上手く融合させながら、都市づくりが行われている。

フランスのエッフェル塔とルーブル美術館を結ぶ、新旧の建物が上手く融合されているシャンゼリゼ通り等も有名だ。
アメリカでも、かつての高架鉄道のレンガ造りの高架部分を、遊歩道に活用するなどの都市計画が行われている。


一方の日本に目を向けると、スクラップ&ビルドが激しい。
貴重な文化遺産となるはずのものも、どんどん壊される。

良いものを残し、後世に伝えるという考えが無いのだろうか。
今の世相を、非常に顕著に表わしているように思える。


この記事によると、区側の意見としては、リノベーションでは校舎の寿命が問題視されている。
本当にそうなのだろうか。同時期に建築された建物が、他にも多々あるというのに。。。
何か他の理由があるように感じざるを得ない。


もう少しクリエイティヴな発想があれば、こうした文化遺産を活かす方法は、まだまだあるのではないかと思う。

2010年8月8日日曜日

案外自分たちの良さは、自分では気づかない。。

先月からスタートした、中国人観光客のビザ発給緩和。

これにより、各地で観光客が増えているのが、身近に感じるようになった。

その中国人の滞在中、どのような過ごし方をしているのだろうか。

日本滞在中のイメージとしては、日本メーカーの家電製品などを買い占めて帰国するというものをイメージするのではないだろうか。更に、家電製品だけでなく、生活雑貨や食品なども含めて、段ボールに詰めて、それぞれ帰国する。
私自身も何度も目にしたことがある。

そんな中で、その中国人の滞在スタイルも、徐々に変化し始めているのだという。

その変化とは、滞在中の過ごし方。

例えば、日本文化に触れるというもの。

単なるショッピングではなく、日本の原風景が残る所に訪れたり、茶道などの体験をするのだという。
これらは、富裕層を中心に徐々に増えているのだとか。


特に、茶道の体験はその後の、お茶の購買にも繋がっているのだそうだ。


さて、日本人としてこれらの「本来の良さ」というものを、案外忘れてしまったりしているのではないだろうか。

案外、日本人自身が知らないというものもあるのではないだろうか。


こういうことをきっかけに、日本文化の良さというものを改めて考えて見るのも、一つの時代が求めていることなのかもしれない。

2010年8月7日土曜日

「超高齢者行方不明」ニュースに思うこと。。。

猛暑が続いているが、暦の上では今日は立秋。

そんななか、今日は家族で墓参りに出かけた。
夏休みシーズンが開始し、渋滞で混雑する都内を抜けて一路、静岡へ。

静岡のとある霊園には、親戚の墓が集まっている。
私の家族では、年に何度か訪れることが恒例になっている。


ところで、今週、特に印象に残ったニュースは何と言っても、都内最高齢の老人が行方不明という話題。
世界的にもトップの長寿国を誇る日本。そんな日本の国内で、このような事態に見舞われていることは、海外のメディアでも大きく捉えられているようだ。

東京都の行方不明のニュースが発表されたあと、同様の状況が全国各地にも居ることが判明。現在でも、100歳以上の高齢者が数十人存在するという事態に。恐らく、80歳や90歳の方を含めると、相当な数にのぼるのではないのではないか。


どうして、このような状態が生まれてしまったのか。

行政が、もっと踏み込んで確認すべきだという意見もあるようだが、大きくは、核家族化、人と人とのコミュニケーション、更に家族同士のコミュニケーションの希薄化が、こうしたことを生んでいるのだろう。


私の周囲にも、何年も親とコミュニケーションを取っていないという人が、結構いる。
週に1度は、何かしらのコミュニケーションがある私からみると、不思議な感じだが、かなりの割合でいるので、私の方が珍しい存在なのかもしれない。


10代、20代のころまでは、こうしたコミュニケーションが、非常に面倒なものと感じていたが、逆に40代直前にまでなると、親も高齢になり、逆に健康面を心配したりして、そのコミュニケーションの目的も変化する。また、昔、叱られていたようなことが、自身が親の年齢に近づいてくると、その意味が、今となって分かるようにもなったりする。

親だけでなく、年長者とのコミュニケーションには、色々と学ばせて頂くことが多い。
生活における知恵袋的なことから、仕事におけるノウハウまで、それは様々だ。

インターネットのような無限量のデータベースが存在し、知恵袋として利用することは可能だが、それは、フェース・トゥ・フェースで、実経験者からのコミュニケーションで学べる内容には及ばない。

人と人とのコミュニケーションは、様々なことを学ぶ機会でもあるのだ。


今週の高齢者行方不明事件は、家族間、地域間におけるそうしたコミュニケーションの希薄化を顕著に表わしている。

さて、今日の墓参りを通して、コミュニケーションはあらゆる意味で大切なのだと、つくづく思うのだった。

2010年8月6日金曜日

遠隔の「現場」を、手元で「感じる」。。

昨今は、技術の発達により、遠隔地にいてもその場の臨場感のある情報を受け取ることが出来るようになった。

今春発売した3Dテレビも、特殊なメガネをかけることにより、立体に映像を見ることが出来る。更にサラウンドのシステムがあれば、映像、音声の情報が、あたかもその場にいるような感覚で伝達されるのだ。

そんな中、最近では、聴覚や視覚だけでなく、触覚を伝える技術も活発に研究されているようだ。


触れた感覚伝わる手術ロボット、慶応大が開発


これは、ロボットがモノに触れた感覚を、機械を通して別の場所にいる人に伝えるというもの。

記事は、医療用ロボットとして、遠隔手術への応用への期待として取り上げられている。
今までは、遠隔操作を行う際には、上述のような視覚情報と聴覚情報をもとに、作業を行うしかなかった。そこに、触覚情報が加えられる。


人間の行動は、まず視覚、そして聴覚という順番の感覚器官に頼っている割合が多いと言われている。

以前、高齢者体験を自ら体験した際に、日常のごく普通の行為が、如何に聴覚と視覚に頼っているのかということを、身を持って経験したことがある。
若い世代が、何気に使用している「タッチ画面」。特に銀行のATMなどは、聴覚と視覚にハンディを持ってしまうと、たちまち使い辛い代物に返信してしまう。
更に、「触覚」がマヒしてしまうと、使い物にならない。

ちなみに、高齢者の体験をするには、黄色の色つきレンズのスキー等のゴーグルをして視野を狭め、更に耳栓をし聴覚を弱め、そして軍手をはめて肌感覚が分かり辛くなることで体験できる。(一度、体験されてみることをお勧めする、勿論、周囲の迷惑にならぬようにではあるが…)


さて、触覚を再現する技術。
まずは、遠隔地での作業というものへの利用が考えられるが、触覚がマヒしてしまった人への補助装置などへも、いつの日か訪れるのだろう。

更に、臭いの再現、味の再現も着々と進んでいる。

先日は、お菓子の臭いで、販促効果を期待する取り組みもメディアで紹介されていた。

これからは、視覚、聴覚だけでなく、五感全体に対して情報を伝達する時代がまさに到来するのだろう。

2010年8月5日木曜日

通信環境の変化で、移動の仕方も変わる。。

今日は、久々に関西出張。といっても日帰りだ。

東海道新幹線の無線LANサービスを始めて利用してみた。
アクセスに少し手間取ったが(これは自身のマシンの問題)、中々便利だ。

帰路の折にも、今日の仕事のやり取りの取りまとめ、関係者への報告など、本日中にもろもろの業務を終えることが出来る。

更に、メッセンジャーを使用することで、移動しながらの打ち合わせ等も行いつつ。。

さて、このように、様々な場所でインターネット環境に繋げられるとなると、仕事の仕方も大きく変わってくる。

まず、時間の使い方が変化する。

大手企業で最近、スマートフォンの導入が盛んになっている。

スマートフォンは、従来の携帯電話に比べて、様々な情報のやり取りが行える。
通話、メール、インターネットは勿論、そのインターネットを介して、様々ドキュメントの閲覧、編集までも行える。

そうしたことで、従来の往復時間内に様々な業務をこなすことができ、結果として残業を減らすという効果ももたらしているらしい。

従来の生産性の無い時間帯に、生産性を上げることができるのだ。

さて、こうしてみると、1日の仕事量が依然よりも格段に増えてしまうようにしか見えない。確かに、仕事量は増えるのだが、逆に効率が上がった分の別の時間帯の時間の使い方が、実はポイントだったりするのではなかろうか?

私としては、より創造的な業務、新しいものを生み出すために時間を常にどこかで使うべきだと思ったりしている。

さて、こう文章を書いている私も、今、新幹線の中。
あと、1時間程度で、東京に到着。。。

2010年8月4日水曜日

低価格も、ほどほどに。。。

昨晩、仕事仲間と打ち合わせを終えて、日暮里駅近くにある、とある居酒屋へ行った。

久々の会食。そこであったこと。

非常に驚かされたことが多々あったので、思わず筆を取ってしまった。
というのも、サービスの悪さに唖然としてしまったのである。

まず、「いらっしゃいませ」の出迎えのあいさつが無い。
営業時間に入ったはずなのに(やや時間は早かったかもしれないが)、誰も店舗にいない。探しまくり、厨房の中にまで声をかけてようやく店員を発見。

まぁ、時間が早かったので、やや仕方ないかと思いながら席に着く。

そして、まずはオーダー。

低価格を謳っているだけあって、店員はオーダーを取りに来ない。テーブルにあるタッチ画面から、オーダーを入れる。経費削減なのだろう。

インターフェースがごちゃごちゃしていて、どう使用したら良いのか分かりづらい。

分かり辛いと思いつつも、何とかいくつかのメニューを注文できた。

そうこうしているうちに、いくつか料理が出来上がり、店員が配膳に来る。
しかし、愛想は全くない。機械的に置いていくのみ。

そして、更に、更に。。。

焼き鳥の串を、「タレ」と「塩」を注文したのに、「塩」しかオーダーが通っていなかったり。
皿の料理には、伝票の端切れが挟まっていたり。。。
「ケチャップ味」というのに、何故か「タルタルソース」がついてきたりと、あれよあれよと、苦情にしたくなるネタが続々と。。。。

そうするうちに、私も仕事仲間も、苦情というよりも呆れ顔に。。。

店員は、決して新米店員でもなさそうな感じ。

最後に、店長であろう人物がレジ精算。しかし、まったく笑顔は無く、覇気も無い。

さて、この店舗は、結構有名な居酒屋チェーンの一つ。
均一格安料金でのサービス提供をしている。


私自身は、半ば、「安かろう=悪かろう」で諦めていたが、あまりにも様々なことが続いたので、筆にとってみた。


ここ最近、あらゆる業種での価格競争が激化している。
確かに、消費者にとって価格が安いことはうれしい。しかし、本当は、お客様は値段だけで判断している訳ではないはずだ。値段だけで勝負していると、自ずと自らの首を絞めることにも繋がる。

少なくとも、「最低限のレベル」のサービスというものは、どうあるべきか。
どこかで、線引きをしておかなければならないだろう。

2010年8月3日火曜日

ライブ感を考える!

ライブ感。

突然だが、この言葉からイメージするものは、どんなものがあるだろうか。


野球やサッカーなどのスポーツ観戦。ロックからクラッシックなどのコンサート。更に、落語や演劇、ミュージカルなどなど。

「生(=ライブ)」で、実際にその場に身を置き、その場を体感する。
そいう感じだろう。


さて、情報技術が発展してくると、こうしたライブも、「居ながらにして」味わうことが出来るようになる。

まずは、テレビによるライブ中継。

プロ野球や、今話題になっている大相撲、オリンピックなどの生中継。
さらに、大事件や事故の現場からのレポート。

最近では、こうした中継が、専門的な知識を必要とせず、一般の人でも行えるようになった。
その技術の一つが、U-Stream(ユーストリーム)。

先日の政府による事業仕分けの様子も、この技術で中継された。

さて、こうした技術を使って、とあるスポーツの中継を紹介する記事を見つけた。

19時女子プロレス:観客はゼロ ユースト生中継、声援はツイッター(毎日.jp)


U-Streamを利用した女子プロレスの中継だ。
一方、試合会場には観客がいないらしい。その代わり、声援がTwitterにより流れるのだという。


さて、ここで個人的に気になったのが、女子プロレス選手のモチベーション。

スポーツにしても、演劇や舞台等でも、基本的には、目の前にいる「観客」が存在する。その「観客」の反応が、選手たちや演者たちにダイレクトに、そしてリアルタイムにフィードバックされる。目や耳で、その反応を感じ取ることが出来るのだ。

しかし、この女子プロレスの場合、選手自身は、インターネット上で流れる声援を耳にすることが出来ない。


個人的に、このインターネット上に飛び交う声援を、是非、選手に伝える仕組みを考えたいものだ。


ところで、もう何年も昔の話になるが、私が小学生のころ、週末に「8時だよ!全員集合」(TBS系)という番組があった。
故 いかりや長介氏がリーダーを務めるザ・ドリフターズ主演のバラエティ番組。
毎回、全国からの生中継での放送。

番組の演出も、視聴者はもちろんだが、会場に来ている観客との一体感を常に考え、出演者自身も、随所に観客とのコミュニケーションが存在する。

その後も含めて数々のバラエティ番組は存在するが、あの「ライブ感」を上回るものは、私自身未だ出会ったことが無い。

過去に、とある番組で、この「お化け」番組の裏側を紹介していたが、常に視聴者や観客の立場に立って、どう番組作りをしたらよいか、徹底的に議論し、そのこだわりようは、本番直前ぎりぎりまで、毎度続いていたらしい。最近の出演者自身が楽しんでいるようにしか見えない番組作りとは、根本的に違うのではないだろうか。
これも、観客を目の前にしていなければ、ここまでのこだわりは、無かったのかもしれない。


さて、我々も、U-Streamといったツールを使って、生中継等が出来るような時代になった。

しかし、より「ライブ感」を出すのであれば、やはりその場の雰囲気というものは、重要な要素であることは間違いないだろう。

音楽番組でも、観客の目の前で演奏しているものと、テレビカメラと番組スタッフだけを目の前に演奏しているのでは、やはり、その雰囲気は自ずと出ているのだから。

2010年8月2日月曜日

会社の中での、情報の取扱管理。。。

みなさんの会社では、どのような対策を取っておられるだろうか。

こんなニュースを目にした。

ネット利用のうっかりミス…会社は厳しかった 民間調査(asahi.com)


メールの誤送信、パソコンの置き忘れなどに対する企業での対応の状況の調査結果。

民間の調査会社が、民間企業の人事労務担当に調査したもの。

電子メールの誤送信により社内機密を漏えいさせたり、パソコンなど外部に持ち出した際にうっかり置き忘れた場合、多くの企業が処分対象する規程を構築しているらしい。

私自身も、過去に個人情報保護に関するコンサルティングを実施した際にも、こうした規程の構築に携わらせて頂いた。


多くの企業は、こうしたことが重要であることを認識して頂いているが、運用の側面で見落としてしまうポイントが実は存在する。

それは、その対象とする情報の取扱。


どのような情報が、機密扱いで、どのようなレベルで管理すべきなのか。
部署内公開なのか、関係者のみの公開なのか、社内公開なのか。。。

このあたりの扱いが曖昧な場合が多い。


一方、「うっかりミス」と記事では紹介しているが、多くの漏洩事故は作為的なもの。つまり悪意を持って漏洩してしまう「事件」が多い。うっかりミスは、ソフトウェアの細かな機能等により、防止されることが徐々に増えてきているのも事実だ。(かと言って、ゼロになるわけではないが…)。

この「悪意を持って」というのは、こうした規程で防げるものではない。
そもそも、「悪意=敵意」を持っている訳だから。

これを少なくとも発生させないためには、こうした感情を生ませない土壌作りが大切。
日々のコミュニケーションや、相互協力を行いつつ、組織チームにおける相互の信頼づくりが重要である。

これは、規則でも、ITツールでも、構築出来るものでもない。
「場のマネジメント」のスキルが必要なのだ。


日々のオペレーションにおいても、こうした側面も、是非、注目しておきたいものだ。

2010年8月1日日曜日

次世代に向けて、情報誌に変わる「モノ」への期待。。

情報誌が、最近低迷しているらしい。休刊が相次いでいるようだ。

情報誌低迷 ぴあ関西版、10月7日発売号で休刊へ(asahi.com)


関西の情報誌「ぴあ関西版」が休刊になるのだという。
昨年、同様の情報誌「Lmagazine」も休刊になったばかりだ。

個人的には、関西出身の私にとって、学生時代に非常にお世話になった2誌。
休刊は非常に残念だが、時代の流れだからだろうか。。


情報誌の存在というものが、インターネットの台頭によって少しずつ、その役割をWEBという媒体にとって変わってきているのだろう。

さらに、情報提供者である側が、容易に情報発信出来ることにもなり、雑誌という情報媒介物の役割も変化しているのだろう。

出版社としてもうかうかはしていられない。

この時代の変化において、情報を媒介する立場はどうあるべきか。
そして、マネタイズはどうするべきか、問われている。


従来から存在している「紙メディア」の裏側には、情報を掘起し、整理し、分かりやすく表現するというノウハウを持っているはずだ。所謂、「情報を目利きする力」。
情報を持っている「情報主体」自身は、今のところ、そのノウハウを持ち合わせていない。

こうしたノウハウを、是非、新しいインターネットという情報媒介ツールを積極的に利用して、情報を発信してもらいたいものだ。

インターネットでの情報発信を行う際には、従来からの「読み物を作る」という視点の殻を破る必要もある。インターネットは、従来の文字や画像といった形式だけでなく、「映像」という表現も利用出来る。更に、インタラクティヴな技術を利用することにより、「情報の受け手」と相互にコミュニケーションを取ることも出来る。


つまり、「編集」という能力に加え、「インタラクティヴなシナリオ作りと演出」「コミュニケーション応対能力」という能力も求められる。


情報のニーズというものは、常に、どのような時代であっても存在する。
その情報の提供方法は、常に変化する。


今回の休刊は、時代の流れを感じさせられるが、逆に、新たな視点、新たなスタイルでのサービスの出現に期待したいところだ。

2010年7月31日土曜日

企業は、クラウドとどう付き合うべきか

先日、とあるクラウドサービスのイベントに参加する機会があった。

そのイベントの中で、Google社の担当者の講演を聞くことが出来た。

その講演の中で、話されていた印象に残った内容を一つ。
それは、Google社が注目している、3つの大きなコンピューティングトレンドというもの。

その内容とは、次の3つだそうだ。

  1. コンシューマーテクノロジーの急成長
  2. モバイルインターネットの爆発的な拡大
  3. クラウドコンピューティングの発展

この3つのポイントを紹介していた。

1の「コンシューマーテクノロジーの急成長」とは、こうだ。
従来のコンピューティングテクノロジーは、コンシューマーよりもビジネスシーンで利用されるもののほうが、優れていた。しかし、ビジネスシーンでは様々な制約が課される中、いつの間にかコンシューマー側のほうが技術はより早く進化し、ビジネス環境でPCを利用するよりも、自宅で使用する環境のほうが進んでしまっているという現状。

例えば、簡単な例を一つとってみると、インターネットを閲覧するブラウザも、大企業のネットワーク環境下では、バージョンアップすら容易には出来ない。しかし、自宅ではこうした制限は無く、常に最新のバージョンのソフトウェアを使用することが出来る。
更に、YouTube、Twitterなどの各種サービスも、ビジネスシーンでは、アクセスすら禁止されている所もある一方、自宅では自由に利用出来る。
このような背景で、コンシューマーテクノロジーは急成長しているというのだ。

2の「モバイルインターネットの爆発的な拡大」は、とある統計数値が物語っている。
2010年度のスマートフォンの出荷台数がPCを上回っているのだ。
モバイルといっても、従来の携帯では無く、ビジネス仕様に耐えうるスマートフォン。
このスマートフォンの出荷台数が増えているということは、ビジネスのスタイルも根本的に変える可能性を秘めているのだ。

そして3つ目。
クラウドコンピューティングの発展。

クラウドは、2005年から06年ごろはコスト削減、2007年から08年はスピードとイノベーション。そして2009年から10年はビジネスの質的な転換として捉え始められているというもの。つまりITに対する考え方が根本的に大きく変わり始めているというのだ。


さて、私はこの3つ目が、日本のビジネス界でどう捉えられるか、その捉え方次第で、今後のビジネススタイルが、グローバルトレンドに則して発展するか否か、問われているのではと思っている。

特に、日本のビジネスでは、目に見れる「有形物主義」礼賛なところがある。
データ管理も、自分たちの目に見える所、手に届く所にあってこそ安全だという思想がある。これが、一番、現在のクラウド導入の妨げになっているのが事実。

しかし、これが本当に安全なのだろうか。

イベントで、非常に分かりやすい例えを紹介していた。それは、現金の管理。
自宅のタンスで現金を管理しているのと、銀行に預けて管理をしているのと、どちらが安全かとうもの。

最近発生しているセキュリティの事故のほとんどは、自社の関係者が悪意をもって行われているものがほとんど。
売上規模が数億、数兆に及ぶデータを預かる専門企業が、自社に悪意を持った社員を置くであろうか?置いた途端に、そのビジネスは破綻する。


さて、恐らく今年は、そうしたビジネスの本質を変える要因が世に出始めた元年になるだろう。
クラウドだけでなく、各種デバイスやソーシャルサービスなど、新しいものが出現している。

これらに対して、どうビジネスに取り組むか。
企業のセンスが非常に問われるのだろう。

2010年7月30日金曜日

「機械」というものをどこまで信用するべきか。。。

最近、様々な場面で、機械による判断をするということが多くなった。
センサー技術の発展によるもの。

ドアの開閉や防犯ライトなどの人感センサー、ガスコンロの火の消し忘れ防止のための温感センサー、液晶パネル等に組み込まれているタッチセンサー、ノートパソコン等の指紋認証などなど、ちょっと見渡してみても様々なセンサー技術を目にする。

そんな中で、こんな記事を見つけた。

顔認証たばこ自販機、中学生「顔しかめたら買える」(asahi.com)


タバコの購入のためにTASPOカードが導入されると同時に増え始めた年齢認証機能付きのタバコ自販機。

そのタバコ自販機で、中学生がしかめっ面をするとタバコを購入出来てしまうというニュースだ。

ソフトウェアの不具合としているが、所詮、機械もそもそも人間が作り出したもの。100%では無い。

以前、高層ビルの回転ドアで、センサーが上手く作動せず子供が死亡した事故があった。先日、九州のゲリラ豪雨でも、地下道の増水に対して警戒センサーが作動しないということもあった。

これらを見ても、機械に頼り過ぎるのも、禁物だと言わざるを得ないだろう。

例え、高精度のセンサーを設置していたとしても、きちんとメンテナンスしておらず放置していれば、作動しないこともあるだろう。


さて、ここ30年程度で、様々なものが機械化され、効率化・合理化されるようになった
そして、我々の生活も、それが「当たり前」のように考えるようになった。


エレベーターやエスカレーターも、自分自身が子供のころ、親から「危険なモノ」としてきつく注意されたものだ。しかし、今では、「あって当然」「安全であるのも当然」のように考えられているのだろうか、事故も多いように感じる。


機械は、所詮、人間が作り出したもの。
「全てを過信」するのではなく、常に一歩引いて、冷静に客観的に考えてみる「目」もどこかで必要なのだろう。

2010年7月29日木曜日

電子書籍の話題が、今年の年初から取り立たされ、早、半年。

各種、多機能端末の発売が相次ぎ、様々なメディアでも特集が組まれる昨今、電子出版のルール作りが急がれている。


電子出版で協議会設立 印刷2社が音頭「日本文化守る」(asahi.com)


こちらの記事、電子出版の環境整備を確立するために、「電子出版制作・流通協議会」なるものが設立されたとのこと。

実は、現在の電子出版に関して、そのルールというものは存在していない。
様々なフォーマットが乱立している状態だ。

私の周囲でも、最近電子書籍にに関するプロジェクトの相談を受けるようになっているが、やはりこの部分で一つの壁にぶち当たる。

どのようなフォーマットにすべきか。。。

そして、電子書籍のもう一つの壁が「日本語」そのもの。

多機能端末は、特にiPadなどは、アメリカで開発されている。つまり、英語圏。
自ずと、英語を軸にしたインターフェースで考えられたものになっている。

一方、日本語は英語と異なり、文字組みは「タテ書き」と「ヨコ書き」と2種類存在する。また、禁則処理等の特殊なルールもある。


海外に目を向けても、アラビア語のように、「ヨコ書き」で文字は右から左へ流れるなどの特徴を持っている言葉もある。


ITの基本技術は、英語を軸とした欧米が先行して開発されているものが多い。
そのため、日本語等のローカライズの視点が必要になる。


さて、日本語は、世界的にも非常に特徴のある言語とされている。
文字一つとっても、「ひらがな」「かたかな」「漢字」「ローマ字」「数字」と様々な種類の文字を取り扱っている。これだけの種類を操る民族も珍しいらしい。

更に、これだけの種類の文字を取り扱うだけあって、インフォメーションデザインの観点からも、デザインする側にとっては、ハードルが高くなるのだ。


IT技術の進展は、英語圏の国々が主体となって開発されているものが多々あるが、こうした、日本語のような特殊な言語圏を持つ国々の視点にもたちつつ、是非、開発してもらいたいものだ。
そのためにも、日本が、ガラパゴス的な技術立国にならないように配慮しつつ、世界的な視点を持ちながら「創造的な技術開発」というものが、まだまだ期待されるところなのかもしれない。

2010年7月28日水曜日

緊急情報もツイッターで

連日の猛暑。今日も暑かった。

ところで、ここのところの猛暑で、普段より様々気象情報が飛び交っている。

日中は、光化学スモッグ注意報。
夕方から夜になると、雷注意報やゲリラ豪雨に関する情報等。

そうしためまぐるしく変化する気象により起こされる災害を防ぐために、新しい形で防災情報を流す取り組みが始まったようだ。

災害情報、リアルタイムで「つぶやき」発信 国や自治体(asahi.com)



国や自治体が、防災情報をリアルタイムに発信するのに、Twitterを活用するというもの。

消防庁のツイッターサイトでは、災害情報を次々と発信し、先日24時間運用になったのだという。周辺の被害状況や救援要請を投稿も出来るとのことだが、誤った情報が流されないように工夫もされているのだとか。

総務省消防庁のツイッターアカウント


さて、こうした取り組みは非常に評価したい。

しかし、個人的には、従来からある情報伝達の手法も残しておいてほしいという願いもある。

先日、防災ヘリが墜落した。滑落した登山客を救援するために出動したそうだが、その登山客自身は、救援を要請する際に携帯電話を利用したそうだが、滑落した場所は圏外だったそうで、電波の繋がる場所まで移動しての要請だったのだという。


緊急事態は、いつ、いかなる場合に起きるかわからない。
必ず、インターネット通信が行える環境であるとはいえない。

そうした場合、従来の防災無線などの情報伝達が有効な場合さえある。


新しい技術ばかりに依存するのではなく、既存の技術も活かしつつ、両者が共存し、より良く活用出来るよう、常に考えるように我々は心がけるべきだろう。

2010年7月27日火曜日

多国語化する、街中のインフォメーションデザイン

コミュニケーションのグローバル化を感じる事例を一つ。

案内表示、中国語や韓国語でも JR東海の新幹線・駅に(asahi.com)


JR東海の駅での案内表示が、中国語や韓国語対応となるもの。

ここ数年、各所にこうした多国語対応の案内表示が増えてきた。

駅ターミナルの案内、商業施設での案内表示など、至る所で目にするようになった。
ちなみに、写真は、東京メトロ渋谷駅の表示案内。



さらに観光立国を目指す日本、東京ではこんな路線バスも走っている。


東京下町バス(東京都営 観光路線バス)

こちらは、東京都営バスの観光客をターゲットとした観光路線バス。
料金は、通常の運賃で、両国や浅草、秋葉原といった都内の観光スポットを路線ルートとして運行している。SuicaやPasmoも、勿論使える。

このバスの表示も、路線バスとしては珍しい液晶画面に、先の案内表示同じく、日本語、英語、韓国語、中国語で表示されている(写真)。
さらに、音声アナウンスも、4ヶ国語で放送しているから驚き。一つの停留所のアナウンスも、伝えきるまで結構な時間を要するのだ。


さて、私自身、IT関連の仕事をしていても、多国語対応のシステム開発のニーズをお客様から受けることが多くなっている。また、研修のサービスでも、グローバル化のニーズが出始めているのも事実。


一つの情報を取り扱うにしても、その情報を利用する人間がグローバル化し、言語対応も複雑になり始めてきた。

もしかすると、こうした時代だからこそ、これからは、言語に左右される文字情報よりも、数字やピクトグラムといった、出来るだけ「ユニバーサルに情報伝達できる手法」というものが、確立されなければならない時代が到来し始めているのかもしれない。

2010年7月26日月曜日

作業を見積もってみるということ。。

作業を見積もるということ。

これは、様々な業務でも、よく行うことだ。所謂、作業見積というもの。


「将来」に向けて行う作業について、どの程度の作業時間がかかるか見積もるという行為は、その見積もる人間によって、その手法は様々だ。


更に、その作業内容がルーチンワークでは無く、初めて取り組むプロジェクトごとに見積もる場合は、なかなかスキルが必要なものとなる。


例えば、システム構築のプロジェクトの作業を見積もるという場合。

ある人は、詳細な仕様を決定して、それを基準に初めて見積ることが出来ると言う人。

また、ある人は、前提条件を自ら仮説を立てて構築し、それを基準に見積もるという人。

どちらも、同じように見積もることは出来る。

前者であれば、精度の高い見積りが行えるだろう。
後者であれば、前提条件を見誤れば、後々にそのしわ寄せが出てしまう。

一方で、プロジェクトを推進するという意味で考えた場合は、少し異なる。

前者は、詳細な仕様が決まらなければプロジェクトは前に進めにくい。
後者であれば、条件を付けながらも、おおよそのスコープを構築することが出来、プロジェクトを前進させることが出来る。


特に、後者の場合、過去の経験値の積み重ねでナレッジが蓄積されていれば、より精度の高い仮説を構築でき、対応できるだろう。しかし、経験値が不足していれば、その仮説を見誤るリスクも高まる。


さて、どちらにしても、まず重要なのがプロジェクトのゴール・目的の明確化。

往々にあるのが、プロジェクトの「手段」が「目的」と勘違いしてしまっているケース。この「手段」がゴールや目的として、独り歩きしてしまうと、後々になって「失敗」という二文字にぶち当たってしまう。


まずは、このゴール・目的を明確化し、チーム全員で共有。

そして、それを基準に前者のタイプで見積もるのか、後者のタイプで見積もるのか。
それぞれ、プロジェクトにおける見積もる側が置かれた役割によって選択してみるのも良いのではないだろうか。

ただし、プロジェクト終了後、そのプロジェクトを振り返り、ノウハウとして蓄積していかない限り、同様の作業を行う場合、スピーディーで精度の高い後者のタイプでの見積は行えないのかもしれない。


2010年7月25日日曜日

「公共性」における、「匿名性」を考える

昨日の本ブログで、「情報化」というものを取り上げて見た。

今日も、その「情報化」に関わりそうなテーマの記事を見つけたので取り上げて見たい。

時代の風:公共性と匿名性=精神科医・斎藤環(毎日.jp)


日本人の「公共性」と「匿名性」について、精神科医斎藤先生による寄稿。

最近の駅員への暴力や満員電車における痴漢を例に、日本人の「公共性」と「匿名性」の特異性を説明。

さらに、2ちゃんねるなどの匿名掲示板における書き込みについても触れ、匿名性が高いほど人間の攻撃性が誘発されることを指摘。


さて、昨日の「情報化」において、日本人は情報に対する受け身がちだと指摘したが、匿名環境下では、やや異なるようだ。

匿名環境になると、どうやら、たちまち情報発信量は多くなるようだ。

匿名環境下でのオンラインコミュニティは、実名環境よりも情報のトラフィックが多い。情報のトラフィックが多いだけあって、情報の質にも差が大きく出てしまう。
匿名環境下における情報を、すべて否定するわけではないが、情報の真贋も見極めなければならないことが求められる。


「匿名性」という環境下での情報は、あくまでも「仮面をかぶった個人」による情報。

その個人が、どのような思惑で情報を発信しているのか、情報を取り扱うものとしては注意したいところだ。

ただし、ここ数年のインターネットメディアの動きをみていると、匿名性から実名性への流れが出来上がっているのも事実。
恐らく、海外の動きにあわせての流れだと思われる。
こうした海外のうねりの中で、私たち自身は、公共性のなかでの「匿名」での行為というものを、もう一度見つめ直してみないといけないのではなかろうかと思う。

2010年7月24日土曜日

「情報化」と「ニッポン」

今日、こんな記事をみつけた。

なぜか豊かさに直結しない日本の情報化(日経BP IT Pro)



IT技術の発展による「情報化」が、日本にとって、どうだったのかという問題提起だ。
記事では、工業化に成功した日本が、情報化では失敗したのは明確だとのこと。

私も、同感だがまだ、結論付けるのは早いかと。
ただし、遅れを取っているのは明確だろう。

違った視点で考えて見たい。


大きく遅れているのは、記事が指摘している既得権益の問題が一つあるのは間違いないが、もう一方の視点で、「日本人独特の文化」という視点もあるのではないかと思う。


まず、言葉の問題。

「情報化」の範疇で含まれるツール類、具体的にはコンピューター類であるが、そのほとんどが英語由来のカタカナ言葉で処理される。
私の周りにも、このカタカナ言葉で、コンピューター類に抵抗を持っている人が少なからずいる。さらに、年齢層が高い人ほど、この傾向は高い。
つまり、ビジネスにおける決済権者である役職者も、こうした抵抗感を持っている人も少なくないということだ。


二つ目に、「曖昧さを尊ぶ日本文化」。

日本文化は、良くも悪くも「曖昧な」部分が多い。日本語で主語を省略することでもわかるように、ストレートな表現というものを避ける傾向もある。
また、個人主義の進んだアメリカのように「契約文化」でも無いため、曖昧なままで上手く付き合うことに長けた国民でもある。それが、逆に、「情報」という無形のものを、明文化したり、可視化させたりすることに、不慣れになってしまっているのでもあろうかと私は思う。


そして三つ目が、「情報に対する受け身な姿勢」。

これは、島国、農耕文化に由来する国民性に起因しているのだろうか。
しかし、これは、最近、世代による違いも感じている。若い世代ほど、情報を上手く取り扱う傾向があるが、年齢が高まるほど、従来のマスメディアからの情報を受動的に収集するのに甘んじているような感じがしてならない。


さて、こうしてみると全てを否定してしまっているようにも見えるが、日本にも、繊細さやきめ細かさという、独特の国民性もある。また、「おもてなし文化」も日本として、世界に誇れる文化の一つでもあろう。

今までは、こうしたことを工業化時代における「モノ作り」に注ぎ込んできたのだろうが、これからは、情報化時代における「コト作り」に、上手く組み込めば、また違った日本の強みを取り入れた「情報化」が行えるのではないかと私は思う。

2010年7月23日金曜日

たかが報告書、されど報告書。。。。。

今日、とあるプロジェクトが終了し、パートナー企業から報告を受けた。
ここではプロジェクトの内容は書くことが出来ないが、とある施策の実行プロジェクト。

パートナー企業からは、その報告に際してドキュメントとしてレポーティングをしてもらった。

さて、そのドキュメントには、施策を実施する上での仮説、実施した内容、そして結果を提出して頂いた。

結果自身については、ある程度想定していた内容でもあり、「あぁ、そうなのね」という印象だったが、ここでその報告で私が拘りたいのが一つある。

それは、「仮説」だ。


多くの業務での報告書には、「結果」が記載される。
「○○の取り組みは、○○だった。」「○○は、○○のようになった」の事実関係が整然と整理された報告書を良く目にする。

しかし、これらはあくまでも実際に起こった「結果」であり、報告書としては不十分。
ちょっと調べれば、直ぐにわかることばかり。
その当事者が、どう考え、どう行動し、どう結果に繋がったのか。
そこに至る経緯を可視化させることも重要だ。

特に、次のステップに活かせられるかどうかは、取り組み自身に対する「仮説」が重要になってくる。

「○○という仮説のもとに、○○を取り組み、結果、○○のようになった」という、仮説の部分の「○○」が重要なのだ。


この仮説の部分を疎かにして、プロジェクトに取り組んでしまうことが多々ある。

それは、結果を急ぐあまりによるものや、責任の追及ばかりに目が行ったりして、その取り組んだ本人が、今後どう成長して欲しいかという視点が欠け落ちてしまったマネジメント層が原因であることが多いと私は思う。

「反省会」という言葉がある。私は、この言葉を好まない。責任の追及会になってしまって、建設的な場にならないからだ。

「結果」は「結果」。

どうして、そのような結果になってしまったのかというプロセスの究明が、業務にとってはまずは重要だと思う。プロセスの究明には、その起点となる「仮説」が重要になってくるのだ。

「仮説」は、言い換えると、その取り組みの時点の前提条件、想定、環境や背景に基づいた論理構成でもある。

これを繰り返し、繰り返し分析していると、より精度の高い「仮説」を立てられる癖が付けられる。


さて、ビジネスで「ホウレンソウ」という言葉がある。所謂、「報告」「連絡」「相談」だ。

これらは、社会人1年生に叩き込まれるが、意外にその中身について言っている企業はそう多くないのではないだろうか。


一枚の報告書。この報告書が、次のビジネスの金卵になるか、単なる紙きれで終わってしまうかは、その報告の中身がポイント。
報告することが目的ではなく、その中身を、たまには改めて考えて見てはいかがだろうか。

2010年7月22日木曜日

ツイッターを使って、バリアフリー。。。

昨日に続いて、今日もTwitterの話題。

Twitterの使い方にも、こんな方法があるのだという話題を一つ。

ツイッター、聴覚障害者にも 要約筆記、瞬時に発信 (asahi.com)



耳の不自由な方へ、文字情報を流す手段としてTwitterを利用しようとするもの。

パソコンで要約を記入し、内容をTwitterに投稿。
耳の不自由な方は、その投稿された文字情報をリアルタイムに閲覧できるというもの。

従来のシステムは機器の配線などに手間がかかっていたのに対して、手軽に導入できる。屋外のスポーツイベントや、講演や演劇等でも活用が可能という。


さて、ITの利用は、一般的に、情報伝達の効率化や流通チャネルの拡大といった所に目が向きやすい。

しかし、視点を変えて見るとこのニュースのように、バリアフリーやユニバーサルサービスの分野での活用の可能性があることもわかる。

こうしたデジタルデバイス以外でも、様々な製品において、「デザインが良く使い勝手が良い」とされるものは、こうした視点を決して忘れてはいない。

評価されているものは、人間工学的にどうなのか、様々な試行錯誤を経て練りに練られたデザインとして形作られている。


情報技術を取り扱う畑の人間にとって、機能や技術といった視点だけでなく、こうした使う側の視点を常に念頭に入れて考えるということは、忘れてはならない大切な視点の一つだと心得ておきたいものだ。



2010年7月21日水曜日

増える「巣ごもり現象」を考える。。。

先日の新聞記事で、インターネットなどのメディアに触れる時間が増えたという話題を見つけた。

不況で巣ごもり・つぶやき流行…ネット利用時間が増加(asahi.com)


記事では、景気低迷で家の中にいる「巣ごもり現象」などによってインターネットの利用時間が増えたと分析していた。

確かに、お財布事情により外出を控えているのは確かだろう。
しかし、それ以外にも理由はあるだろう。

自分自身が参加できる楽しみ、双方向性や情報量など、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の旧来のマス4媒体と比べると、その特徴は沢山ある。

良くも悪くも、外へ足を運ぶことを引っ張っていることは確かだろう。
わざわざ、出かけなくても用が足りてしまうからだ。

海外の情報も、今では簡単にインターネットを介して収集することもできる。
そうしたことが、最近の海外留学者数の減少に繋がっていることも、経済的側面以外にその要因はあるのだろう。


さて、こうして「巣ごもり」状態が増えると気になるのが、フェース・トゥ・フェースのダイレクトなコミュニケーションの減少。

文字を介してや、画像を介してのコミュニケーションばかりしていると、実際に「生」で会った場面でのコミュニケーションに対して、不慣れになってしまうのではないかと懸念する。

事実、PCを介してのコミュニケーションは非常に活発だが、ダイレクトとなると躊躇してしまうという人にもお会いしたことはある。


インターネット、メールなど技術が発展し、様々な情報を収集することが容易になった。また、場所を選ばず、地球の裏側の人とも、簡単に「メッセージを送り合う」ことが可能になった。

しかし、やはり所詮は、媒介物を介しての情報伝達。

こうしたツールを使用しての情報伝達は、個人的には私は否定はしない。

ただ、こうした形でのコミュニケーションばかりしていると、偏ったモノの見方、限られた視野でのモノの見方等になってしまう。

このようなモノの見方にならないためにも、適度に、自ら外に足を運び、自分の身体自身を通して、様々な「人」や「モノ」に直接触れる、感じるとういことも大切だろう。

2010年7月20日火曜日

2000円札、どこへやら。。。

突然ではあるが、10年前の昨日からスタートしたモノがある。

それは何かご存じだろうか。

2000円紙幣である。

西暦2000年の7月19日から発行されたのだった。
表面には、沖縄の首里城の大手門にあたる「守礼門」、裏側には源氏物語の絵図や紫式部の肖像画などが描かれている。

九州・沖縄サミットを記念して発行されて、早10年。
現在の流通枚数は、今春の時点で約1億1000万枚なのだとか。
流通量では、全券種の比率では0.9%とはるかに少ない。


私自身も数枚持っている。
普通に生活していて、直近で手にした記憶があるのが昨年秋に1度あったことを思い出す。

流通量が少ないために、日銀は04年度からは印刷をしていないらしい。
印刷したものも、その多くが日銀の中にあるのだとか。


なぜ、流通が広まらなかかったのだろうか。

日銀曰く、「日本人は2の付くお札に馴染みが無かった。使い勝手が悪いイメージが、先行して付いてしまった。」のだと分析。

確かに。
自動販売機や券売機等でそもそも使用できなかったり、タクシーなどでは2000円札を嫌がられることもしばしば。

更に、ATMでの現金引出しで目にすることが多かったが、最近では、多くの銀行で出金用にも使用しなくなったのだそうだ。


そもそも、2000円札の発行の目的はなんだったのだろうか。
まさか単なる記念紙幣ではないだろう。
日銀が、日本銀行券を記念に使用することを嫌って恒久的な紙幣としたという報道もあるようだ。
2000年、ミレニアム、何か節目にインパクトのあることを行いたいという「ノリ」で、起案されたという話もある。
また、当時の経済振興の起爆剤としても期待されていたという論調もあるのも確かだ。


そして、多くの普及しない理由の論調が、「使いづらい」というものだ。

外に目を向けると、「2の付く紙幣」は多くの国々で流通していることから、本来は、使いづらいものではないだろう。

新しいものが普及するためには、その受け皿の土壌もきっちりと対応していなければ普及しない。

ポイントカードにしろ、電子マネーにしろ同じ。


使う側の立場になって、使うシーンを良く考えることが大切。

これは、あらゆるモノ作りでも同じことが言えるだろう。

2010年7月19日月曜日

サービスオペレーションとナレッジマネジメント

さて、昨日に引き続き、今日も「星のや軽井沢」のネタで。

昨日は、主に施設をテーマに書いてみたが今日は、サービスを提供するスタッフについて書いてみる。


「星のや軽井沢」のスタッフは、全員、ユニフォームとして作務衣を着用している。
宿泊客も同じような作務衣を着るので、中には宿泊客とスタッフと間違えてしまう人もいるらしい。

その作務衣も、昨日のテーマではないが、空間演出の一つの要素にもなっているだろう。

さて、スタッフのサービス提供について注目したいキーワードが「情報」だ。

個々のスタッフが持っている情報量に注目したい。



例えば夕食での出来事。
和食のレシピに関する質問も、食材に関する細かいことまで受け答えが出来る。
しかもフレンドリーに。

そして、食事以外の地域のこと、系列の全国の施設のこと、様々な質問をしてもきちんと返答がくるのだ。

高級ホテルでも、食材などの質問に関しては、きちんと受け答えは行えるだろう。
しかし、食事以外の質問となると、きちんと受け答え出来ないことがある。

「星のや軽井沢」は、宿泊担当、宴会・レストラン担当、ベル担当などの個別の担当がないようだ。

あるときには、チェックインの手続きを行い、あるときにはレストランの担当を行うという感じだ。

それだけ、仕事の幅も広く、学ばなければならないことも増える。逆にそれだけ、学ぶ知識も増えるのだろう。

また、聞くところによると、スタッフの間での情報共有も非常に頻繁に行われているようだ。確かに、別のスタッフが接客する際にも、お願いしていること等をきちんと理解しているというシーンが何度かあった。


更に、お客様に「聞く」という姿勢は、最初のチェックインの時にも見受けられる。
ホテルや旅館に宿泊する際、「宿泊台帳」というものを、施設側は作成しなければならない。多くのホテルや旅館では、チェックインの際に、住所と氏名を指定のシートに記入するものだ。
しかし、「星のや軽井沢」では、そのシートには事前に氏名と住所は記入されており、サインをするだけだ。更に、その代わりに簡単なアンケートが設けられている。住所と氏名を書かなくてよい分、気分的にもアンケートに答えやすくなる。ちょっとした気配りだ。

さて、このように、サービスを単に遂行するということではなく、サービスの至る所で「コミュニケーションを通しながら情報を収集し、活用する」というシーンが非常に印象に残った。


サービスオペレーションは、お客様と接する第一線で実行される。
そこでは、多くの情報を収集することもでき、活用することもできるのである。

情報共有と情報の活用。

これを上手く取り入れてこそ、サービスオペレーションは継続的に成長させることが出来るのだと私は思う。

2010年7月18日日曜日

空間演出も接客のうち。。。

先日、経営不振に陥った旅館やホテルの再生で知られている株式会社星野リゾートが運営する「星のや軽井沢」に宿泊する機会があった。

星のや軽井沢

「星のや軽井沢」は、中軽井沢から浅間山麓のふもと方面に広がる森に囲まれた所にある。広大な敷地の中で、客室はすべて独立した棟となっており、一つの集落を形成。中心には小川が流れ、都会の喧騒を忘れて自然の中で静かに過ごせる感じとなっている。




到着すると、まずはレセプションセンター。ここでチェックイン。
このレセプションセンターは、上述の敷地とは離れたところにある。

エントランスを入ると、旅の疲れを癒すためのインドネシアのガムランのような音楽が聞こえてくる。ここで、お客様を出迎えてくれるのだ。
そして、麹で作られたジュースを、旅の疲れを癒すためにということで差し出される。

ここまで通常あるような、ホテルのチェックインの手続きは一切ない。

そうこうしているうちに、宿泊する部屋へ案内される。各部屋は別棟のため、リゾート内送迎用の車で移動する。レセプションセンターを離れ、いざ森の中の林道へ。数百メートル離れた先に、突如、集落群が現れる。こちらが、「星のや軽井沢」の施設である。

ちなみに、送迎車は日産のキューブ。施設内には十数台あるそうで、後部に「星のや」のロゴエンブレムが取り付けられている。

車一台がぎりぎり通るような道を通り抜けて、たどりついた客室。
「和モダン」な集落の一軒家という感じ。

室内に入ると天井の高さに驚く。
また、各所に日本家屋の建築手法などを取り入れるなどして、その工夫が随所に発見できる。そして、普通のホテルや旅館と大きな違いが、「テレビが無い」こと。

テレビ自身は、宿泊する人を都会の生活に引き戻すアイテムの一つでもあり、谷合の集落としてはふさわしくないということで置かなかったのだそうだ。


さて、このように練りに練り上げられたコンセプトを中心に、徹底した演出が、施設全体のイメージを醸し出している。

こうした演出は、ディズニーランドでも行われている。
「夢と魔法の王国」を演出するために、最寄り駅を降りた瞬間からその演出は始まり、パーク内は、完全に外の空間と遮断されているのだ。


サービスコンセプトをお客様に伝える際には、ヒューマンオペレーションによるサービス提供以外にも、このような環境の演出も重要な役割を果たしている。


コンセプトを軸とした、細部にまでわたる徹底したこだわり。

そのこだわりの積み重ねが、サービスの質にも繋がるのだ。