2010年2月15日月曜日

「教わる」ことと「学ぶ」ことの違い。。

今日も、続けてオリンピックの話題。。

今日の仕事の最後の打ち合わせでも、話題となったことの一つ。


と言っても、スポーツそのものの話題ではない。

開会式前から、メディアで報道されているスノーボード男子ハーフパイプ競技の代表、国母和宏選手の話題。

日本人選手ユニホームを着崩していたことにより、「好ましくない」「不適切」とのことで、選手村入村式、開会式に出られなかった。

更に、その後のマスコミに対する記者会見の態度で、火に油を注ぐ結果となった。

こうした動きで、彼の通う大学、そして文部科学大臣までがコメントするという、世間を騒がすニュースになった。

さて、ここで思い出すのが、朝青龍のお騒がせ問題。

二つの話題で共通のキーワードになっているのが、「品格」という言葉がマスコミで使われている。
しかし、私としては「品格」という言葉を、不用意に使うべきではないと思ったりする。マスコミ自身、我々自身も「品格」があるのかというと、疑問を持たざるを得ないからだ。

あえて、今回のことを、キーワードとして捉えるならば、「礼節」と「TPO」では無いだろうか。

この「礼節」と「TPO」に共通することは、物事を客観的に見ることができるか。つまり、自分自身の振る舞いを、客観的に見ることが出来るか否かということかもしれない。

どうも、この「客観的に見る」ということが、現代の日本に欠け始めているのではないかと感じる。

「客観的に見る」ということは、色々な立場に立って物事を見るということである。
会話をするときには、相手の立場になってみたり、ビジネスの際にはお客様の立場になって、というごく当たり前のことだ。

海外旅行に行けば、その土地の人の目線になって考えてみるということも大事だ。宗教観の違い、治安の違い、政治思想の違い、様々な視点で、日本の常識が、世界の非常識であったりすることもあるのだ。

今回の騒動に対して、「教えてこなかった周囲が悪い」といった論調も目立つが、そもそも、
こうしたことは、「教える」ことではなく、私は自分自身が経験し、体感し、「学ぶべきもの」だと思う。

ある教育学者が指摘していたが、日本の教育論は「教える」ということに主眼を置いており、「学ぶ」ということが、非常に軽んじられていると指摘していた。

まさに、そう感じる。

ビジネスにおいて、教科書を読んだだけは社会では通用しないことが多々ある。
自身が現場で経験し、「学び」を通して得られた「知恵」「知識」こそ、価値ある資産になるのである。