2009年10月4日日曜日

映像情報を考える~テレビドラマから~

今日は、久しぶりに家でのんびりと海外ドラマを見ながら過ごした。

最近は、もっぱら海外ドラマにはまっている。逆に、日本のドラマはほとんど見ない。たまに、日本のドラマも面白いものがあるが、あまり魅力を感じない。

同じようなストーリー、同じようなキャスティング、そして、非現実的なセット。。。そして、ドラマのコンセプトやメッセージ性を感じさせない、テーマ曲。。。

海外ドラマは、全く異なる。特に米国ドラマは、ハリウッドの映画制作ノウハウが詰め込まれているのは当然だと思うが、CSで放送されるイギリスやドイツのドラマも、非常に見ごたえがある。

脚本、キャスティング、大道具、小道具、俳優の衣装、映像手法、スタジオセット、音響効果、テーマ曲、オープニング、番組ロゴ、、、すべてにおいてしっかりとコンセプトが練られた上での制作が感じられる。細かな部分に、制作者の意図というものが感じられるのだ。

過去の日本のテレビドラマでも、それらは感じられた。
例えば、ドラマのテーマ曲も、そのドラマのために作曲され、一部のフレーズがテレビから流れて来ただけで、そのドラマが始まるという「わくわく感」を感じさせられたものだった。つまり、ドラマそのものの「アイデンティティ」が発信されていたのだろう。


テレビという映像メディアは、活字メディアに比べて、非常に多くの情報を伝達することができる。

しかし、それだけ多くの情報が、統一されたコンセプトやテーマに基づいて構成されていなければ、伝えられる情報は非常に散漫になり、相手に対して情報を伝えるというメディアの特徴を十分に活かされない結果になってしまう。


視聴者離れ、スポンサー離れが叫ばれているテレビ業界は、「番組制作費の削減」という避けては通れない課題を突き付けられているのも事実だろう。
どこにコストをかけ、どこにコストをかけないのか、今一度、原点に立ち戻って、「質の高い」情報発信をなんとか頑張って考えてもらいたいと、テレビ好きの人間としては、是非とも応援したい。